EP

愛おしい君の手を取ろう

 出会いの時の、最初の挨拶も。

 別れの時の、最期の言葉も。

 日々の、何げない返礼も。

 先を見据えた、厳つい警告だって。

 地平線に陽を臨ませるほどの金言であっても、時を逸すれば輝きを鈍らせるものだ。


 だから、大切な言葉は、伝えるべき時に伝えておく必要がある。

 そう、気づくことができたから、


「幸ちゃん!」

「うん? なんだ?」

「ぼーっとしてたから、呼んだんだよ! えへへ」


 朝っぱらの通学路という衆目の面前で、全力でいちゃつくことができているのだ。


      ※


 先生のUFO型マイカー撃墜に伴う幼馴染奪還作戦の後、俺は見事に、


「おい! 額があっついぞ、お前!」

 風邪をひいてしまっていた。


 考えてみれば当然で、プールに飛び込んだ後のずぶ濡れのまま、空飛ぶ機械で秋風に晒されていたのだ。そりゃあ、免疫系が弱っても仕方がない。

 集まってきた面々に事情を説明したところで、安貞さんが「赤らんだ顔……!」と発光を開始。俺も、告白成功でテンション上がっていたせいか自覚がなく、指摘されることで、異変に気が付いた次第である。


 そうなると人体は単純で、脆いものだ。なし崩しに、くしゃみ、悪寒、発熱、震えという免疫フル稼働の状態に陥って、膝から崩れて一歩も動くことができなくなってしまったのだ。


 救急車を呼べ、いやキックボードで、まず人肌で温め、それなら人工呼吸も、なんて救助提案に薄ピンクに汚れた本心が混じり始めたのを「おいおいおいおい」と、風邪とは違う寒気に襲われながら聞かされていると、


「未来の風邪薬だ。効果は抜群なんだが、譫妄が……まあ、いいか」

 先生が普段の薄く固い笑みのまま、警告の後ろ半分を面倒げに投げ捨てながら注射器を取り出していて、


「え、譫妄って」

「え、濃緑って色おかしいじゃろ」

「え、注射って資格いらないっすか?」

「そもそも未来のお薬って、免疫とか大丈夫なんでしょうか?」


 懸案事項が次々に議場に昇るが一切を顧みず、首筋に短針が突き立てられ、


「ああ! 幸ちゃんが白目を剥いているよ!」

 明確な記憶はここまで。


 あとは、気が付くと自室のベッドに寝間着で朝を迎えていたため、混乱のまま身支度を整え、なんだか爽やかな今に至るわけである。


      ※


 秋も終わりに向かう朝はひどく寒くて、家を出た時からつなぎっぱなしの手に交わす温もりがちょどいい心地よさだ。

 その柔らかな感触が、昨日の事態を夢ではなかったのだと教えてくれもして、


「栄」

「うん? なにかな、幸ちゃん?」

「昨日言った通り、もうタイムリープは無しだぞ?」

 約束も残っているのだと確かめる。


 幼馴染が、満面の笑みを少し曇らせて、

「うん、わかったけど、だけど……」

 即答しない彼女の懸念はわかる。

 間違いなく、命を狙う者たちが現れるのだ。


「大丈夫。栄のことも守るし、俺自身も絶対に倒れないから」

「約束だよ? 昨日、自分がいなくなったら、なんて言い出したから、心臓が止まるかと思ったんだから」

 だけど、とそれだけではないのだと付け足して、

「これから幸ちゃんは、いろんな人と出会うんだよ。それこそ、一歩間違ったらバッドエンドまっしぐらな人もいるの」

 タイムリープなしで、出会えるか、解決できるのか、と問われて、


「大丈夫だ。みんなまとめて、世界も救って、全部ハッピーエンドに放り込んでやる」

 信念は、叶わぬことがあれど、曲がることはない。

 俺の示した覚悟に、彼女は微笑み、握り返す手に力を込める。

 良かった、と思う。

 伝えるべき言葉をしかるべき時に伝えることができず、だけど手遅れにならずここに辿り着けた。

 ハッピーエンドに辿り着けたのだ。


 それに、

「あれ? みんな、おはよう! どうしたの? 天ちゃんまで一緒で!」

 胸焼けをどうにか静めるような苦い顔の面々が、輪になって待ち構えていて、


「お前らはほんと、告白した後と前とで、大差ねぇなぁ」

「パパ、お主毎日こんな有様なんか……? よう周りに刺されんのう……」

「シラフでもしんどいのに、朝一っすからねぇ」

「昨日、あの有様でしたから、みんな心配して顔だけでも見ようと、待っていたんですよ」


 彼女たちに出会えたことを思えばあながち、秘め続けた恋心からの告白は時を逸したとも断言しきれない。

 と、車道に車が横付けしてきて、

「あれ? 先交屋先生の車だ」


「無事に完治しているな、虹珠。着替えやら看病やら、巻に感謝しておきなさい」

 窓が開くと、昨日のことなど無かったように普段通りの薄く固い笑みの先生が、

「あと、虹珠は私の味方だ。お前が昨日言った通り、にな」

 濃い香水の香りを振りまいて、パワーウィンドウの閉まる陰で笑みを深めて見せてきた。

 様々あったが、どんな人であれ、傍らに立ってもらえるなら嬉しい限りだ。いわんや、頼れる大人と目してきた人からであるのなら。


「さて、わしは帰るか。安貞、放課後にメンテじゃぞ。パパを連れてきたらご褒美をくれてやるからな」

「ご褒美! さては虹珠くんにもビーム砲門を……やだ、ペアルックですよ⁉」

「いや、こいつは今日、私と約束しているからな」

「残念、真上先輩! 強化期間なんで、今日は練習日っす! 何をするつもりだったか知らないっすけど! おや、顔を真っ赤にして、どうしたっすか!」


「あのな、お前らな」

 すわ解散、というところで予定の調整に盛り上がる面々へ、俺は肩を落とし、恋人の肩を抱き寄せ、

「もう俺は付き合っているんだ。栄が一番だし、変なことはしないぞ」

「幸ちゃん……」

 周りが信じられないという顔をして、腕の中のから見上げてくる幼馴染が、


「ダメだよ?」

 信じられないお返事を、こっちの眉間にストライクしてきた。


      ※


 え、ダメって……みたいな視線を返せば、


「岳ちゃんの足裏ペロペロしないと人類は全滅するし」

「そうだそうだ!」

 うるせぇ、駄犬。


「水奈ちゃんとキスしないと世界は滅ぶし」

「そうだそ……いや、昨日からちょいちょい出てくる話題っすけど、どういうことなんすか……?」

 知らないほうが良い、カッパ界の期待の星。のびのび、金メダル取ってくれ。


「安ちゃんはぎゅってしてあげないと大戦争になるし」

「良くわからないですけど、恋人公認ですね⁉ 恋人公認……! ああああ」

 光るな。朝だから目立っていないけど、嬌声で周りが注目するから。


「マッキー、マッキー! わしは⁉ わしもいいんか⁉」

「天ちゃんは特に大丈夫です」

「なんじゃあ! やっぱり仲間外れじゃ! ひい爺さんが建ててまわった産屋を燃やして歩くかのう……」

「どういう意味かはわからないっすけど、付け火とかなかなかロックっすね……」

 いや、たぶんそれ、日本の出生率を死亡率以下にしようとしている目論見だぞ。


 黄泉平坂での夫婦喧嘩はおいておき、

「だから幸ちゃん、ダメだよ?」

「いや、あの」

「みんなと仲良くしないと、バッドエンドなんだから」


 お前はそれでいいのか、マイラバー幼馴染。


      ※


 いや、いいからそんな満面の笑みなんだろうな……きっと、みんな仲良くあることが嬉しいのだろう。

 気持ちは、分かると言えないが想像はできる。


 彼女は、ずっと一人だったのだ。

 幾度もタイムリープを繰り返し、最上の答えを探し続け、味方はいても理解者なんか一人もいなくて。

 そうして、最後は諦めた。

 長い旅路であったはずなのだ。

 誰も知らない、記録にも記憶にも残されない、たった一人の道程の末に敗れた。


 だから、

「ね。みんな仲良く、だよ?」

 俺以上に、ハッピーエンドを願っているに違いなくて。


 そうであるなら、今この現状が最上だ。

 機を逸し続け、迷い悩んだ無駄とも思える時間すら、ここに至るに必要であったのだ。


 なら、振り返りはしない。

 もしも、に縋りなんかしない。

 今、ここに立つ足元こそがベストであり、ハッピーエンドなのだから。

 そうして前を向く。

 次のベストを。ハッピーエンドを目指すために。

 これまでに見た聞いた、出会えた全てを大切に抱きかかえて。


 笑って、笑いあって、未来に踏み入っていくのだ。


     了

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君に告白をしようにも笑顔で『世界が滅ぶから』と拒まれてしまうもので ごろん @go_long

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