10:転がる状況は残酷を推力にしているから

 アダムスキー型UFO。


 目撃者の名前を冠したこの宇宙船は、曰く金星人が乗っていたとされる。日本人にUFOのイラストを描かせたなら、十中八九はこの三角屋根のスカート姿を描きだすだろうというほど、メジャーで古典的なUFO観である。

 アダムスキー型UFOは宇宙船だ。

 けれども、誰かが証明したわけでない。当然として様々な説が飛び交うことになり、米国の秘密兵器説、地底人の乗り物説、そして、

「未来人の乗り物説、つまりタイムマシン説を採用しているわけか」


 上下に開閉するドアから挟み込まれたまま、俺はプール底に沈んでいた不審物の正体に洞察を走らせる。

「当時の人類の目を眩ませるに、有効な姿ということで採用されてね。特徴的なフォルムから、誰も未来の警察が来たとは思わないだろう?」

「えらく合理的な理由なんですね」

「ふふ」

 いや、嫌味なんですよ、先生。ドヤるところじゃないんですよ。


 濃く甘い香水の香りが振り撒かれる、レトロフューチャーな内装の中央。腕を組み胸を張る先生の隣で、反するよう幼馴染が慄きに肩を震わせている。


「それで、栄をどこに連れていくつもりなんです。どうも、この自家用車で家まで送迎、ってな雰囲気じゃないですけど」

「あるべきところに送り届ける、という意味でなら間違っていないさ」

「幸ちゃん、ダメなの! すぐに戻って!」

 先生の言葉を受けて、必死で語りかけてくる幼馴染に怪訝を覚えつつ、

「大丈夫だ、栄。一緒に帰るぞ」


 抜け出そうと、腰を捕まえているドアを押し広げんと力を込める。

 こちらの努力を眺めながら、未来の人は、


「そうだな。こうなったら、一緒がいい」

「え?」

「先生! 駄目だよ! 約束が違うよ!」

「そうなったら、という約束だっただろう」

 薄く冷たく笑い、


「巻・栄は、時間遡行の無許可運用と不干渉原則に反した諸々の罪状で、容疑者として連行されることになる。そして」

「先生! 幸ちゃんは私に言われただけで……!」

「そう。虹珠・幸一は巻・栄の協力者、実行犯としての容疑だ。責任能力の問題に繋がるからと目こぼししたが、君を連行する根拠も存在はするぞ」

 俺と彼女の、自覚ない罪を数える。

「言っただろう、虹珠。自然に手を加えれば、しっぺ返しが必ずあるって」


「俺と栄の行動が、大きな害に繋がっていると?」

「ふふ。そうして教訓を得た人類は、常に折り合いと自浄作用を働かせてきたとも。その自浄作用が、私たち時空警察なわけだ」

 手を広げ、安心をさせるように栄の背に手を添え、

「なに、初犯であるし、二人とも時空関係の法律が発生する前の人間だ。情状酌量は十分にあるし、利用動機が「世界を救う」という点も考慮されるさ」


 未来の展望を教えてくれた。


      ※


 聞くばかりの俺は、当然に混乱をしており、とにかく先生の言葉を咀嚼するので精一杯だった。


 つまり、未来の法律を犯した俺と栄を法廷に引きずり出すためにやって来た、ということで、

「いつからです? 俺らが入学した時には、先生はもういましたよね」

 つまり、幼馴染との平穏を望む俺の、まごうことなき敵対者だ。

 睨むような鋭い視線を投げれば、

「下準備があったからな。なるべく不自然な痕跡を残さないため、最大限合法の手順を取ることになっている。免状も全て本物だぞ?」

「いずれ入学してくる俺と、栄を捕まえるために?」

「そういうことだ。少なくとも罪を犯すまでは逮捕はできないからな」


 つまらない話だよ、と肩をすくめると、ピカピカと点滅を繰り返す壁面パネルに歩み寄って、


「じゃあ、そろそろ行こうじゃないか」

「先生! 駄目だよ! 幸ちゃんを降ろして!」

「ドアを開いて、彼を自由にしろと? 虹珠の目を見なさい、あれは君を引っ掴んで逃げるつもりだ」

「当たり前でしょ! 俺は、一緒に帰るために栄を探していたんだ! 未来の法廷に向かうって言うなら、尚更だ!」

「だから、偶然だが、そうして拘束しておくのが一番さ」


 利には適っている。

 むう、と唸ると、先生が操作盤に指を伸ばす。

 駆動するような高周波音が耳に障り、UFOがガタガタと動きはじめ、


「浮いている……⁉」


 プールの水に浸かったままだった下半身が、その流動を感じる。

「このまま、一旦学校を離脱したのちに、人目のないところで時空転移をする。寒いかもしれないが我慢をしてくれ」

「離脱って……屋内プールですよ⁉ 突き破る気ですか⁉」

「幸ちゃん! 幸ちゃんの下半身が危ないよ!」

 その言い方はどうだろうか、マイ幼馴染。


「案ずるな。物質透過機能くらい持ち合わせているさ」

「確かにUFOって、壁をすり抜けたとか壁越しに人を誘拐したとか、その手の話ありますけど」

「物理の、ほんの初歩だよ。私は文系だからよくわからないが」

 その言い分はどうだろうか、マイ敵対者。


 とにかく、下半身が浮力を失って垂れ下がり、空中に出たことがわかり、

「なんじゃあ! アダムスキー型UFOから虹珠の下半身が生えとるぞ!」

「え⁉ UFOって虹珠くんの下半身が生えているんです⁉」

「光るな! なんで光るんだよ! てぇか、壁にめり込んでいってるぞ!」

「……うちら、UFOの上で部活してたんすか? ええ……ちょっと……ええ……」


 プールサイドのパニックが聞こえてくる。

 つまり、迷彩が解かれているということで、


「このまま神隠しでは、彼女たちも可哀想じゃないか。せめて、お別れの姿くらい見せてあげようと思ってな。特別サービスだよ」

 下半身だけですけど……なにより、お別れするつもりもない。


「栄! なんでおとなしく連れていかれようしているんだ! それでいいのか!」

 どうにか突破口を作ろうと、幼馴染を叱咤するが、

「ダメだよ! ダメだけど、私は幸ちゃんと一緒には居られないんだよ!」

 遠目にその大きな瞳が輝くのを見れば、涙が目元を濡らしている。

「だって、一緒に居たなら世界が滅んじゃうんだから!」

 ああ、なるほど。


 確かに、君はずっとそう言って、こちらに告白の暇をくれなかった。連行を契機に、状況の改善を図ろうとしているのだ。

「何回も、何回も、いろんな方法を試したの! 先生から逃げる方法だって見てきたし、何度だって逃げ切ってきたの! だけど、ダメだったの!」

 手を浅く広げ、涙を散らし、必死に訴えてくるのは、


「最後には、結局世界が滅んじゃうの! 幸ちゃんが死んじゃうの!」

 新しく、残酷な事項であった。

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