9:あなたの言葉に怖れを覚えるものだから
突然な暗闇への入水に、俺はまず前後上下の不覚に陥り、
……光?
けれど、水底に輝く眩しいばかりの光に我を取り戻す。
伊草も目を見開いて驚いていたが、俺の手を引き、潜水していく。
光は、人が一人、余裕で収まるほどの長方形で、暗闇のプールの中にぽっかりと口を開いていた。
怖れを掻き立てるのは、その明かりに照らされる周囲は完全にプールの水底でしかなく、比喩でなく、スクリーンのように光だけが浮かび上がっているのだ。
後輩が慄いた顔で振り返るが、俺にもおそらく程度の解答しかない。
おそらくは、真上や天目さんの言う『迷彩』だ。
光の部分だけはどうしても施せないために水面に迷彩を張る二重体制にしており、では光が隠せない理由はと目を凝らせば、そこで追っていた二人の影を見つける。
必死に泳ぐ俺たちに対し、事もなく水中を軟降下していく二人が、光の縁に手をかけるから、
……出入口か!
光の四角が下から小さくなって、閉まりつつあることに、確信を得る。
つまり、あれが逃走経路であり、光が閉まりきってしまえば、逃げられてしまうということ。
まずい、と口の端から貴重な空気が漏れる。
距離は暗闇の中で見通しは効かないが、十メートルはある。このままのペースでは速度も、酸素も間に合わない。
どうも、先行するカッパの末裔も察したようで、バタ足を止めてしまった。
くそ、と毒づき、振り返る後輩の表情を見て、
「……!」
決心した荒い笑みに驚かされた。
彼女は諦めてなんかいなくて、こちらに顔を近づけると、
……なんだ、おい!
口を重ね、強引にこちらの唇を上下に割り、酸素を吹き流しこんできた。
供給に肺が膨らみ、十分と判じた伊草が顔を離し、微笑み、俺の足を取る。
足裏に手の平をあてがうことで、
……踏み切れってことか?
競泳で壁を蹴って推力とするように、己を蹴ろ、と。
浮かぶ人を使うなど、普通なら押す力に負けて大した運動力を得られはしない。いくら、彼女が水中の主たるカッパの末裔だったとしても、物理には勝てないのではないか。
けれども、迷う間に光は狭まっていき、
……わかった!
彼女の自信あふれる瞳を信じ、蹴り上げていく。
※
推力は十分に得られた。
果たして、明かりが消えきる前に、俺は辿りつくが叶う。
眩しさに目を細めながら、僅かな隙間に体を突き入れ、
「いてぇよ!」
なお閉まらんともがく縁を強引に押し広げていく。
と、そこで、自分の声が耳に届いていることに、呼吸ができていることにも気が付いた。
空気が、酸素があるのだ。
プールの底で不可思議であり、しかし取り合っている余裕はない。
追いかけていた二人の姿を探して光の中に目を投げ込めば、
「幸ちゃん……⁉」
「まったく、無茶をしてくれる……」
悲痛に驚く幼馴染と。
苦い顔をする保険医と。
その背後に広がる、ちょっと効率的には見えない複雑でぺかぺか発光するセンサー表示灯や制御操作盤と。
現実味のない風景であるが、はっきりと目の前にあり、居る。
何よりも、 強引を強いたせいか、迷彩が解かれたプール底に隠れていた存在の威容が露わとなり、
「これって……!」
「見られてしまっては仕方がないな」
先生は、いつもの薄く冷たい笑みで息をつき、
「実は、私は時空警察所属、タイムリープ専属の捜査官でね」
時間を私的運用した巻・栄の逮捕が目的であり、
「この乗り物は、まあいわゆるタイムマシンなわけだ」
高度な科学技術によるホログラム投影によって、マシンの全容を示してくれる。
その風貌は、三角屋根の下に丸窓を備えた円筒の胴体があり、着地用の球体脚が三つスカートのように広がった下部から覗いていて、どう贔屓目に見たとしても、
「絵に描いたようなアダムスキー型UFOじゃねぇか!」
先生には申し訳ないが、ちょっとタイムマシンには見えない。だって宇宙船じゃんか。
そのうえで胸を反らしてどやってくるから、未来人っておっかねぇな、なんて恐怖を覚える次第であった。
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