5:神様の甘え方

 空は、朱を西に逃がしながら藍を濃くしている。


 そんな逢魔が時のなか、天目さんは眼帯のズレを指で直しながら、身の丈ほどもある大きなラッパ状の機械を担いで、

「まったく、無理矢理ついてきおったと思えば、勝手に頭ピンクにしおって」

 放心して崩れ落ちる安貞さんの頬を、ぺちぺちと気付けする。


 我に戻ったアンドロイドが、慌てて俺から離れて制服を正す姿に嘆息し、

「で? マッキーがいなくて探しているんじゃったか?」

「え? なんでわかるんです?」

「さっき、あやつとちょろっと話とったじゃろ」

 さすが神様、目端が利きすぎる。


「天目さんは、なんか変な金属の臭いがするとか」

「臭いねぇ。私にわからない臭いとかあるのか?」

「オオカミの鼻を疑いはせんよ。臭いと言うより、気配に近いからのう」

「ああ、鍛冶神の……」

「声が高い。希刹には秘密にしておるからの」

 悪戯気に笑い、口に人差し指を立てる。


 きっと、秘密にしているのは大した理由でなくて、どこかで驚かせよう程度なのだろうなあ、なんてことが判明した。

「ふう、落ち着きました! それで、なんのお話です?」

「満面でスッキリしおってからに……お主の砲を外す相談じゃ」

「ええ! ひどい! 同意なく去勢とか、私の人権はどうなるんです!」

「そっかー去勢扱いになるんかー……パパ、わし、現代日本が怖いんじゃが」


 太古の地層から出土したオーパーツなんで、どっちかというと天目さんのほうが年代は近いのでは。


      ※


「まあ、そのようわからん金属を探しに、度々学校に来ているわけじゃ」


 ラッパ状の自作の測定器を、自慢げに軽く叩いて見せる。

 いかにもお手製な、パイプや配線が乱雑に繋ぎまとめられている不審な機械に、

「こんなのでわかるのかよ」

 真上が、疑いの目を向ける。俺も同意だ。


「最近はのう、ふらっとやってきてブラブラ探しておったんじゃが、どうにも敷地内で存在が曖昧になってのう」

「曖昧?」

「おう。最初は気のせいかとも思ったんじゃが、間違いなく何かはあるんじゃ。で、こいつを用意して調べたら、まあ、どうにも迷彩の気配があってのう」

「モザイクと一緒ですよね。実像は見えなくなるんですけど、そこに何かがあることははっきりわかってしまうじゃないですか」

「普通の視覚とは違う部分で迷彩を施しておるんじゃろうなあ。だから、虹珠みたいなごく一般人には違和感すら認知できない」

 言われる通り、何もおかしな気配は感じられない。


 けれど、と状況の凹凸が合わさり噛み合って、

「……なあ、真上」

「あん? ……いや、何の話だよ。げんなりした顔されてもよお」

 こいつは……ほんと……


「なんじゃ? 心当たりでもあるんか?」

 ピンと来ていない真上に代わって、俺が説明をする。

「校舎内で、こいつが言ったんです。無臭が広がっている、って」

「むう? おかしな言い回しをするのう……だが、現象としては似たようなもんじゃな」

「ええ」


 顔をしかめたオオカミがこそこそと、アホ面しているアンドロイドの脇腹をつつき、

「……なあ、どういうことだ……?」

「……私に聞かないでくださいよ……物理化学は苦手なんですから……」

 君の好きなビームは、たぶん物理の範疇だぞ?


 無知蒙昧同士を開示し合っている二人に、

「察するに、お主らはマッキーを探して、だけど見つけられておらんのだろう? その理由が、この迷彩じゃなかろうか、という話じゃ」

「なるほど!」

「わかりやすいわ。おい虹珠、こういうことだぞ?」

 こいつらは……ほんと……


 肩を落とす俺を尻目に、

「だけど、天目さんは金属って言っていませんでした?」

「そうだな。どうして、栄の臭いまで曖昧になってるんだ?」

「考えられるとしたら、金属に施された迷彩が広範囲で、マッキーにも影響が出ている。つまり場所の問題じゃな。もしくは」

「栄にも迷彩が施されている等、個別の問題の可能性、ですよね」

 眼帯に隠れる薄く美しい唇がにっこりと笑みになるから、正解のようだ。


 ディスカッションの最中にあった二人は、

「……いや、どういうことでしょう……?」

「虹珠、お前そういうとこだぞ?」

 こいつらは、ほんと……!


      ※


 秋の空は、暮れ始めると足が速い。


 街灯の明りが無くては見通せない夜が迫り、そよぐ風も冷たくなってきていて、女学生二人は、急ぎ足で昇降口に向かっている。

 そんな背中を追って、俺と天目さんはゆるゆると歩んでいる。大仰な機械はさすがに俺が担いで、そのために遅くなった足に、大人の彼女が合わせてくれているのだ。


「まあ、金属がどうこうってのは言い訳みたいなもんでの」


 先行する彼女たちから十分な距離を確かめて、なお聞かれまいと神様は囁くように。

 なんの話か、と目を向ければ、暗がりの中で判然としない彼女の表情が近くて、炉のように燃える瞳が爛々と。


「本当は、お主の顔を見に、な」

 ふざけ半分のパパ呼びではなくて、逆にどきりとしてしまい、


「親父殿のことにケリがついてのう、周りを見渡せる、その範囲が広がったんじゃなあ。安貞の世話もその一つであるし、まあ、毎日が前より楽しくなっておる」

 言葉に詰まる間に、さらに顔を寄せ、

「お主のおかげじゃ。お主がわしの蒙を、曖昧な記憶に拘泥するわしの足踏みを、手を引いて前へ導いてくれた」


 大きな荷物で身動きが取れないこちらの肩を、長身に任せて上から抱き寄せ、

「時間ができたらのう、親父殿に会いにいかんか?」

 話では、父親である天津彦根神の記憶は曖昧になっていて天目さん自身も実像に辿り着けておらず、つまりこのお誘いは、

「……多度大社って、三重県ですよね。旅行のお誘いなんです?」

「はっはっは。わしの別荘もあるからのう。騒がしくても平気じゃ」

 男子高校生に何を言い出すのか、このポンコツ神様は。


 けれど、ずいぶんと意識が変わったのだな、と笑ってしまう。

 つい先日までの、父親の正体を探る手段を目的としてしまっていた彼女では、きっと出てこない言葉なのだ。

 きっちりとハッピーエンドに至れていることに嬉しく思いながら、

「手を引くって言いましたけど、あの時、上から手を引いてくれたのは、天目さんですよ。俺は助けられただけだ」

「……まだまだ、逃げ方は下手じゃのう」

 なんて、投了を示すように肩をすくめ、


「おい! なにやってんだ! 寒いんだから!」

「ええ! なんで肩を抱き合っているんです!」

 昇降口から怒声と発光が届くから、天目さんはさらに腕に力を込めて、

「おうおう、寒いからこうして暖まっておるんじゃ!」

 なんて、明るく笑うように挑発を投げ返すのだった。


 安貞さんが無言で服を捲し上げ充填率の高まりを突き付けてきたから、即座に散開する必要に迫られはしたけれども。

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