4:人に侍る在り方である、君からの真心
「天目さん、学校に変な金属の臭いがする、って言い出して、最近はいつもこうなんです」
グラウンドの真ん中で、怪しげなラッパ状の機械を振り回す長躯を、俺と真上は怪訝に、安貞さんはにこやかに眺めていた。
安貞・希刹が機械であることがわかってのち、そのメンテナンスは発明家でもある天目さんの手に委ねられている。もちろん俺の紹介であり、その際に「なんでビームなんじゃあ……」と稀代の天才『安貞・羅島』博士の正気について疑義があがったのも当然だ。
なので、最近は一緒にいるところを良く目撃するのだけど、
「私が飽きないように、面白い話をたくさんしてくれるんですよ」
単純に懐いてもいるようだった。
当たり前だが、天目さんには安貞さんの出自を説明してある。が、その逆は教えておらず、些かうさん臭いところの多い隠居神様に心を許すのは、お互いの人徳なのだろう。
「さっきはですね、流浪のプリンスが姉妹のお姫様とすったもんだのトライアングルバトルの末、結局は妹さんを娶ることになったんですけど、この時の傷が原因で日本人は寿命が短くなった、ってお話でした!」
「またエキセントリックな……どこに発光要素があったんだよ」
「それがですね、真上さん! その妹さんに子供ができたんですが、いざ出産というタイミングでプリンスが「なんか日数おかしくない……?」なんてご家族相談所みたいなことを口走りまして! そしたら妹さん「やったらんかい!」と、産屋にブチ切れ着火したとか! まさに愛の証明ですね!」
「いや、ちょっとわかんないですね……」
末裔とはいえ八百万の神々に連なる真上ですら敬語になるほどの人徳。人造人間だから人の部分が倍だしな。
※
「虹珠くんが、どういう結論を出しても、私は虹珠くんの味方ですからね」
グラウンド脇の芝生に腰を下ろしたところで、安貞さんが切り出してきた。
真上が眉を跳ねさせるが、何も言わず、頬杖で様子を眺めている。
意外で、温かい言葉に、驚きの目を返せば、
「虹珠くんは、私を助けてくれました。自分の外にある言葉で自分を縛って苦しんでいた、身勝手な私の手を、強引に引っ張ってくれたんです」
「あのままじゃあ、ハッピーエンドにはならなかったろ。それこそ、俺の身勝手だよ」
「はい。あなたの身勝手が私を救ったんです。同じ身勝手でも、これほどに違うんですよ! 素晴らしいことじゃないですか」
にっこり、と満面に笑顔を埋める。
「私は普通の女の子だって、教えてくれたんです! それはきっと、博士の望むところでもあったはずなんですよ」
きっと、態度や表情といった外に見える部分には出ていなかったところに、ひどく負荷がかかっていたのだろう。
まるで、人が悩みや憂いから、心の病を抱えるように。
無論、彼女の心は人工的なものだ。けれどもそのガイドラインは「ロボット三原則」なんて偉い誰かの作った規範ではなく「少女の感性」というあやふやなそれに沿っている。
だからこそ、悩むのだし憂うのだし、病むのだし、他を心配させまいと明るく振る舞っていたのだ。
言って、立ち上がった安貞さんは、ステップを踏むように俺の前に立ち、
「だから、感謝しているんです」
素早くしゃがんで、この両手を取る。
「もう一度言いますからね? 私は、虹珠くんの味方です」
輝くように微笑み、まっすぐに見据えて、
「困ったことがあったら、お助けします。何であろうと、何があろうと」
後光のように、輝きを増していく。
「そう言われると困るな。甘えているみたいじゃないか」
「いいんですよ。私だって甘えさせてもらったんですから。それに」
ちら、と投げやりに様子を眺めていた真上に視線を送り、
「真上さんみたいに、ご褒美を貰えたら満足です」
「おい! 黙って聞いてたら、何言ってやがる! あれはそんなんじゃねぇよ!」
「ええ! 足の裏を舐めてもらうとか、じゃあいったい何が目的なんです……⁉」
「治療、か……?」
「なるほど、虹珠くん! 医療行為だったんですね! じゃあ、私のこのピカピカドキドキも治療していただかないと! ええ! 後ろからぎゅっとしてくれるだけでいいので! あれ、どうして肩を抑えるんです⁉ 虹珠くん! ねえ!」
瞳が輝いているのは、自身の発光のためか、期待が膨らんでいるためのせいか。わからないが、身の危険を感じてこれ以上の接近を拒むように両肩を抑え込むと、なおテンションがジャンプして、
「ああ! もどかしいです! けどこのもどかしさもまた、こう、ねえ……!」
「おう、何を一人で発情しとるんじゃあ、このピンクロボは」
「え?」
背後から、制服が胸下までまくり上げられた。
きれいな肌色の中に、メカメカしく光を蓄えている砲が姿を現し、
「きゃあああああ! あっあっあっ……!」
俺のこめかみを破壊光線がかすめて弾け、安貞さんの治療が完了したのであった。
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