6:人間らしく、自分らしく

 二元論に生きるロボットではありえない、人間らしい迷いの末、大切な人を失ってしまった安貞さんは、


「ストレスから逃げるために、フィクションのルールを自分に嵌め込んでしまったんだね」

「それもまた、人間らしい話だよな」

 既知の人工知能を考えれば、段違いの性能だ。


 安貞・羅島博士がどれほどの天才であったとしても、ここまでの域には達してはいまい。あと、余剰エネルギーの解消をビーム砲に頼る辺りから結構なバカ野郎の嫌疑もかかっており、拍車が回されている。


 つまり、AI部分も恐るべき超古代文明の技術力、だ。

 で、また別の、非常に恐るべき事実が目の前にあり、


「それで」

 ゴミ集積所のすぐ脇で、壁際に追い詰めた可愛らしい幼馴染が胸に抱く茶封筒へ、


「どうして、おめでたカンパがおかわりされているんだよ……!」

「わ、私もさっき押し付けられたんだよ!」

 眉尻を吊り上げて、指を突き付けた。


「なんか、眼帯をしたカタギには見えない美人さんが「パパは居るか⁉」って教室に怒鳴り込んできたとかで……!」

 完全に、山に住んでいるポンコツ神様じゃねぇか。

「みんな「もうアイツはダメだ……!」みたいな悲愴な空気で、断り切れなくて……!」


 今回は、あんまりクラスメイトが悪いわけじゃなかった。


      ※


 寄付金は再びクラスプールに回すこととして、


「ロボット三原則ってのは、人間にとっての神様や宗教みたいなものなのかもな」

 冷たいコンクリートの壁に背を預け、栄と並んで息をつく。


 寒いから色付くかと思ったが、まだまだ透明で、だけど顔を撫でるそよ風にその時は近いことを予感する。


「宗教?」

「生きるための規範や指針に、人間も神様を頼ってきたんだ。一神教なんか特にそうだけど、日本の神様だってあれをしちゃいけない、これをしちゃいけない、っていう訓戒が込められているだろ」

 要は、道徳の根柢だ。

 社会を成立させるため、人々の行動を正しい方向に律するため、人らしくあるためのガイドラインとして、神があり、宗教がある。


「安貞さんは困り、苦しみ、だから三原則に縋り、アンドロイドとしての規範を得て、自分の行動は正当性のあるものだった、と救われたんだ」

「そうなると、まるで人間みたい、だね」

 人と同じ、自分でも理解しえない心というパーツを持っている。

 だから、大切な言葉を慮って大切な命を捨て置く、という矛盾を行うし、後悔に苦しみもする。


 俺たちと同じ、不完全な存在なんだ。

 だから、


「幸ちゃん……あれ」

「……光っているな」

 柱の影で、こちらを窺いながら発光もしてしまうし、


「すごい……連日壁ドンで迫られるとか、マンガですよ! 他人事ながらドキドキしちゃうじゃないですか! あ、これはマズいですよ! ドキドキの臨界点があっあっあっ!」

 いや、なんかアンドロイドである、っていうタガが外れてはいやしないか?


 俺たちの手には、人であるためにと振るう、様々なツールが握られている。

 だけど、どれ一つとして完全なものなんかなくて。


 不完なはあなた達とわかりあうには、傷が伴うこともあるだろう。

 だけど、安貞さんを見て確信を持ったんだ。


 あなたが三原則を越えた先に辿り着けたように、俺たち人間も、今より先へ辿り着けるものだろう、と。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る