第五章:未来をみてきたと言う君と、共に明日へ踏み入りたいのだ
1:この言葉を君に届けようと
出会いの時の、最初の挨拶も。
別れの時の、最期の言葉も。
日々の、何げない返礼も。
先を見据えた、厳つい警告だって。
地平線に陽を臨ませるほどの金言であっても、時を逸すれば輝きを鈍らせるものだ。
だから、大切な言葉は、伝えるべき時に伝えておく必要がある。
そうでなければ、
「おい、虹珠。そのハンバーグ貰っていいか?」
「あ、真上先輩、ダメっす! 私が狙ってたのに! あ、それなら私は虹珠先輩の食べかけのやつ貰うっすよ!」
「なんじゃあ……お主ら野性味溢れすぎじゃろ、追剥とか……パパ、ほれ、わしの畑で育てたサツマイモじゃ。熱いから、アルミホイル剥ぐときは気を付けるんじゃぞ」
「パパ! いつ聞いても、こう、ドキドキザワザワする響きですね! 純粋さと不穏が同居していて、それも年上からとか……ああ! ああ!」
「虹珠! ロボットがまた発光してるぞ! 止めさせろ!」
「安ちゃん! 最近なんだかタガが外れちゃって、クラスが明るくなっているんだよ!」
「それは良い事っすねぇ、ビームさえなければっすけど」
「さ、さすがにクラスメイトの前では発射していませんよ⁉」
「そもそも発射をするでない。お主ら、困ったらウチに撃ち込みよってからに」
「そ、そんな! 発射ダメなんて……虹珠さん! この、怪しげな道具で壁を昇ってきた不法侵入者をどうにかしてください!」
御覧の通り、うるせぇくらいに、二人きりの時間を邪魔されてしまうわけだ。
二人きりになろうと想い人を誘った屋上での昼食だったが、どこからか嗅ぎつけられて、どんちゃん騒ぎである。
賑々しく、半分かじったハンバーグも奪われたりして。
※
そんなこんなで弁当箱があらかた空にされたところで、
『二年生の巻・栄さん。担任がお呼びです。職員室までお願いします。繰り返します』
階下の窓から、校内放送が届けられた。
全員が、名前を呼ばれた幼馴染に好奇の視線を集め、
「マッキー、世界の終わりを謳う罪に問われるんかのう……」
「なんすか、そのロックな罪状……あれっすよ、可愛い罪じゃないっすかね」
「担任が可愛いで生徒を呼出⁉ いけませんよ! 爛れが強まって……!」
「おい虹珠! 安貞がまた光り出したぞ! なんとかしろ!」
口々に、好き勝手騒ぎだした。
当人は眉を寄せて心当たりが無いことをアピールし、
「なんだろ。日直でもないし」
小首を傾げる姿から、可愛い罪で決定だな。
弁当を手早く片付けて立ち上がるから、その背中を呼び止め、
「放課後、話あるから教室で待っていてくれよ」
「話? うん、いいよ!」
顔だけ振り向いて、アポイントの了承に成功する。
重いスチール戸を体重で持って引き開けると、中へ入っていき、
「さて」
と、伊草の声を合図に、皆の視線が俺に。
その色は様々だ。
オオカミは伺うように。
後輩は面白がるように。
神様は愉快に笑うよう。
ロボットはキラキラで。
なんだ? と、残りの弁当を守るため腕で防御態勢を作ると、
「実際のところだけどな」
真上が腕を組み、唇を尖らせて、こちらに睨むような上目を送って、
「お前、栄とどうなりたいんだよ」
「はあ?」
藪から棒な問いに、間抜けな声を返してしまった。
※
「まあのう。どうにも心配しかないんじゃよなあ」
天目さんが口端をにやにやさせながら、さもありなんと、オオカミに同調してくる。
「そうですね! お互い好き同士なのは見ていてわかるんですけれど、巻さんがアレですからねえ」
「虹珠先輩とくっつくと世界が滅ぶ、って公言しているっすもん。事実かどうかなんて確認しようがないけど、巻先輩のスタンスは明らかっす」
「で、私らとしては」
視線を強くした真上が、
「お前が目指すところと、落とし処が気になるわけだ」
四人の代表のように、突きつけてきた。
※
物心つく頃からずっと隣にいて。
いつも一緒で。
いつのまにか恋心が生まれて。
だけど、釣り合っている今の天秤を揺らしたくないばかりにグズグズして。
それでも決心をして。
その矢先に事故に会い。
目覚めたと思ったら、
「虹珠くん、未来を盾にされて、告白する前にフラれちゃったんですね……」
「パパ、それ普通なら遠回しに、近づくな、って言われとる奴じゃぞ」
「だから、当日その場で気絶して、病院の世話になったんだよ」
とはいえ、その後の栄の様子を見るに、
「嫌い、どころか好きでしょうがない、って感じっすよね」
「だから、ふざけた言葉だけど信憑性が出てくるんだよな。実際の話、虹珠が私らと知り合ったのは、ほぼほぼ栄の「放っておくと世界が滅ぶ」発言のせいだし」
「え?」
と、カッパ界の期待の星である自覚のない伊草が驚き、
「え?」
と、後世のAIたちにとってのシンボルとなってしまう安貞が驚き、
「え? わしもか?」
「あ。天目さんは大丈夫です、世界滅ぼさないです」
「なんじゃあ、パパ! わしだけ仲間外れか! 婆さんの寝床に牛の死体投げ込んだら、仲間に入れるんかのう!」
「スケールは小さいっすけど、なかなかロックっすね……」
いや、たぶんそれやると、日本から太陽が無くなるやつだから。
「けどまあ」
話を戻すように、真上。今日は、表情も固く、雰囲気が険しい。彼女にとって栄は大切な友人であるから、だろう。
「栄の言葉が事実として、虹珠。お前はどうなりたいんだ」
最初の問いだ。
無論、俺の答えは決まっている。
「ハッピーエンドになるように、だよ……なんだその顔は」
囲む皆は「ああ……」みたいな目をして、
「予想できた言葉っすね。だけどっすよ?」
「そのハッピーエンドは、マッキーの着地点じゃろ」
「肝心の虹珠くんは、どこに着地したいんでしょうか?」
なんて、蒙を開くように考えてもいなかった要求をしてくる。
結論として、栄を幸せにしたい、という思いはあっても、その時に自分がどこに収まっていたいのか、ということであり、
「その顔は、考えてもみなかった、て感じだな……」
呆れた真上の声に、図星で言葉を返せない。
「よく考えておけよ。私らは状況を作ってくれた巻・栄に感謝していて」
オオカミが、意思を伝えようと、力強くこちらの肩を叩いて、
「それ以上に、実際に手を伸ばしてくれた、お前に感謝しているんだから」
放課後に向けて、これ以上ない勇気をくれたのだった。
※
だけど放課後、栄は教室に現れなかった。
時計が回り、教室から生徒たちの姿が少なくなっても、約束は果たされないまま。
待ちきれず幼馴染の教室に足を運べば、机にかけられたままの彼女のカバンを見つけ、
「虹珠」
怪訝に腕組みをする俺に、廊下から現れた真上が、
「栄のやつ、午後から授業に出てないんだ」
眉間を険しくしているのだった。
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