2:ちょっと不穏な彼女の秘密

「アンドロイド?」

「ええ! 人造人間と言い換えても大丈夫です! 誰にも言っちゃダメですよ!」


 繁みを軽く抉り焦がした破壊力の痕跡を呆然と眺めながら、安貞さんの言葉を咀嚼していく。けれども情報の脂っこさが滴らんばかりで、加えて矢継ぎ早なものだから消化が追いついていかない。

 まず、アンドロイドて、となる。

 次に、いやビーム……となって、


「安ちゃん! もう見せた方が早いよ!」

「え?」


 幼馴染が、瞬発でアンドロイド容疑者のブラウスを捲り上げた。

 露わになるのは、ちょっと大きめの腰回りに締まるウエスト、そしてみぞおちのあたりを飾り付ける、


「……砲門?」


 異様なほどメカメカしい、光沢をぬめらせる銀で縁取られた手の平ほどの穴であった。重要な臓器、とりわけ胃袋が丸々抉られることになる。

 つまりは人間ではありえず、


「きゃああああああ! あ、あ、ダメ……いや……!」

 嬌声に応えるよう砲門が光を蓄え、


「あ、あ、あ……見ないでくだ……ああああ……っ!」


 一閃が俺のこめかみをかすめ、繁みに二つ目の焦げ痕を作るのだった。


      ※


 真実を目の当たりにした俺は、冷静に的確に、


「だ、誰にも言わないから命ばかりは……!」


 生き残るための手筈を整えざるをえなかった。

 必死の命乞いに、けれど安貞さんは応えようとせず、息荒く乱れた制服を整えながら、


「なんでそんな反応なんですか! 結構傷つきましたよ?」

 なんでって、今さっき、ほんの数ミリずれただけで、頭が蒸発していたからに決まっている。しかも、未だに「命だけは助けてやる」という宣言が無い以上、事態は進行中だ。


 数度の押し問答の末、殺意の無いことが確認されるまであと二回の発射が実行され、言論が統制される形で事態は収まることに相成った。

 が、そうなると今度は湧いてくる疑問について、懸案になる。


安貞・羅島あんてい・らとう博士、ってご存知ですか?」


 あいにく、俺も栄も聞いた事のない人物であった。もっとも、博士、なんて肩書を持つ人間をそう多くは把握していないため、当然であるが。

 安貞さんの話では、ロボット工学の先駆者であり、人工知能についても造形の深い研究者であるとのこと。

 なら、と俺は当然の帰結として、


「その博士が、安貞さんを造った、ってことか?」

「いえ、そうではないのです」

 否定が返り、少し恥ずかしそうに、けれど誇らしくもあるように、彼女は出自を語る。

「博士が研究の気晴らしに地中海の辺りを旅行中、ある島で地崩れに遭遇し、偶然に未発見の遺構に辿り着きまして。そこに眠っていたのが私だったと」


 その後、密輸同然で日本へ持ち帰った博士は、持てる技術でその体を修復し、ついに起動、覚醒し自我を持ちえることを確認できたのだとか。

 その後は娘として戸籍を入手、季節の変わり目毎にパーツを更新し、自然な成長を再現することで、本当の親子のように過ごしてきた。


 言われてみれば、納得である。

 まず、超古代文明という前提は置いておき、人と変わらない精密な挙動や感情発露など、現代科学では研究途上の段階である。実用段階にあるならすでに報道が為され、次のステップについて議論が交わされているはずなのだ。

 なので、安貞・希刹は現在の科学を超越する、


「オーパーツか」


 時代に不釣り合いな遺物であるのだ。


      ※


 オーパーツ。


 未発見の南極を描いたピリー・レイスの地図。

 限りなく真球に近いコスタリカの石珠。

 高空からでなければ全容の確認が不可能なナスカの地上絵。


 その時代にそぐわない遺構、遺物を指す言葉だ。

 説明のつかない物もちらほら混じっているが、だいたいは誤認や捏造である、というのが俺の認識であったが、


「機械工学に、人工知能か……」

「どうしました、虹珠くん?」

 最上級の実例が、動く証拠として目の前で微笑んでいる。


 常識が爆発しそうであるが、それぐらい慣れたものだ。人狼やらカッパやら神様やら、タイムリーパー容疑者までいるくらいだ。

 今更、である。

 それに、ビームなんてヤバい代物を装備している理由にも、

「標準装備なら仕方ないよな」

 と合点がいった。


「最初は博士の正気を疑ったよ。娘にビーム砲付けるとか、ちょっとイカれてるからなあ」

 同意を得ようと、当の本人に目をやれば、

「あれ? 安貞さん?」

 うつむき、震え、

「……やむをえなかったんです……!」

 発光しており、

「博士を、愚弄するのは許せません!」

 整えたブラウスをまたも捲りあげ、致命の閃きを撃ち放つ構えに入った。

 風雲急を告げ、だが俺はクールに正確に、


「うわあああああ! 命ばかりはああああああ!」


 命乞いを撃ち返すのだった。


      ※


「私の動力は、どうやっても解明できなくてですね。感情の昂ぶりで出力が上下することだけはわかっていたんです」

 発射は未遂に終わり、着衣が整えられていく。


 安貞さんは朗らかに事情を説明してくれた。博士をバカにされた怒りも、冗談だったようで何事もなく笑顔を見せている。


「ただ、出力が上限近くまで上がると、過剰なエネルギーでパーツや回路を傷つけてしまったものですから」

「エネルギーの逃げ道としてビーム砲を取り付けたわけだね!」

「そうなんです、巻さん! いやあ、博士の愛がヒシヒシ伝わりますよ!」

 女子同士和気あいあいわかり合っている。


 が、俺は常識でもって博士の正気を疑わざるをえず、

「普通、もうちょっと平和的な機構を考えないもんか……?」

「え? どうしました、虹珠くん! なにか言いました?」

 ブラウスを捲りあげる素振りを見せたので、口を噤むしかなかった。抑止力に依る平和的な解決である。理想的、ではないのがミソだ。


 怯えで体を固くするこちらに、冗談ですよ、と笑い、

「私、人を傷つけたりできないんですよ?」


 なんて言いはするが、ほんとかよ。俺のやわなハートは、命の危機に晒されて傷だらけだぞ?


      ※


 クラスメイトを待たせているから、とゴミ捨てを終えた安貞さんは、明るい足取りで校舎へと姿を消していった。


 暴風のような彼女の背を呆然と見送っていると、並ぶ栄が袖を引く。

 そういえば、最初はこいつに俺のことをどう思うか聞いていたんだよな。

 改めて、とは気分にならなくて、まあ今日もこれまでの距離感で以て過ごすのも悪くないか、なんて思いながら幼馴染に向きなおる。

 だけど、そこにあるのは明るく可愛らしい笑顔なんかではなく、


「幸ちゃん、安ちゃんの噂って知ってる?」


 厳しく、しわを峰高くする眉間だった。

 驚き、強い表情に視線を吸い込まれていると、

「自分のお父さん……安貞博士を」

 言葉を作ることすら迷うにように二息をおいて、

「殺したって」


 埒外の言葉だった。さらに、

「それが原因で、世界が滅んじゃうの」

 さらに、こちらの慮外に踏み込んだ一言が返るのだった。

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