第四章:自らを縛る鎖の色を、素敵なのだと微笑む君へ

1:彼女の笑顔は眩しくて、なんか不自然に

 自分ではない誰かの心なんて、形にしなければ分かるものではない。


 言葉として発し、行動に移して、それでもなお理解に至るには難しいのだから。

 いわんや、目と目で分かり合うなんて物語のお話であり、現実では「ビビッ」と来た運命のお相手と半年のスピード離婚、なんて極端な例だってあるくらいだ。


 自分は、相手と分かり合えない。


 きっとそれは、人が自身の心をも理解できていないせいだろうと、思うところである。

 内に無理解を抱えた同士が相手を理解しようなんて、土台、無謀な話なのだ。

 けれども、社会の枠組みの中にあって出来ないからと捨て置くことなんか不可能な事柄で、確実ではないにしろ言葉や行動が必要になるのだ。


 不完全な俺が。

 不完全なツールを振るい。

 不完全なあなたと分かり合おうとしている。


「どうして……!」

「幸ちゃん……だって……」

 放課後のゴミ集積場前。


 人気のない空間で、俺は半泣きの幼馴染を壁際に追い込み、詰め寄っていた。

 不明な部分を、明らかにするべく。


「どうして、クラスメイトが俺のために、おめでたカンパ集めているんだよ……!」


 眉を吊り上げながら、栄が胸に抱く茶封筒に指を突きつけてやる。

 天目さんのパパ呼び騒動メールを偶然見てしまったクラスの馬鹿が、


「だって、気づいた時にはもうなんか、十人くらい集まっちゃって……!」

「未婚の父が出産とかなんて怪情報だよ……クラスの奴ら、頭おかしいのか……?」


 人が人と分かり合うのは難しい。

 言葉だって行動だって、こうもすれ違うのだから。


      ※


「その金は、事情を話してクラスのプールにしておくか……テストの打ち上げにでも使えるだろ」


 ため息とともに、俺の名前が記された茶封筒を受け取る。

 そこそこ重い封筒を手放せたことに安堵した様子の栄へ、


「ついでだ。このまま返事を聞かせてくれよ」

「え? 幸ちゃん……?」

 ぐ、と顔を近づけていく。心臓が跳ねているが、眉をしかめることで無理矢理に抑え、可愛らしい幼馴染の動揺に揺れる瞳を、じっと覗き込む。


 世界が滅ぶ、という一文で封じ込められてしまった愛の言葉。

 さらには、この短い期間で親しく付き合う女の子が増えて、けれども彼女はニコニコと眺めているだけ。怒ることも拗ねることもなく、なんなら、積極的に交流を促してくる始末だ。


 だから不安になる。

「俺たちが付き合うと、世界が滅ぶのはわかった。じゃあ、さ」

 巻・栄は、虹珠・幸一のことを、どう思っているのだろうか、と。

「お前の気持ちはどうなんだ。俺のことが、嫌いか?」

 安心が欲しくて、絶対の裏打ちなんか保証できない言葉という、不完全なツールに頼らざるをえない。


 俺の問いかけに、彼女は珍しくも眉を立てて、

「そんなわけないよ! ずっと一緒で、仲良くて……! だけど……」

 否定をするも歯切れが悪い。

 なら、と俺はさらに言葉を追いかけようと、

「じゃあさ、どうにかする方法を……ん? なんだ、この音?」

 前のめりになったところで、耳鳴りのような高周波音が鼓膜をくすぐってきた。


 栄も気が付いたようで、二人で怪訝に顔を見合わせると、

「なんか、どんどん大きくなってないか?」

「うん……あ、幸ちゃん、あっち!」

 指さすのは俺の死角。斜め後ろの校舎出入口脇の支柱で、なんだか、


「……光ってないか?」

「うん……」

 巻き起こる怪奇現象に、まじまじ伺っていると、


「あ、バレちゃいました?」

 柱の陰から、黒髪を肩まで垂らした活発そうな女生徒が、ひょこりと顔を覗かせた。

 明らかに発光元であるため、


「お構いなく続けてください、どうぞ!」

 促されても無理です。


 見られているだけでもダメなのに、その観覧者が光っているんだもの。


      ※


「ぐ、偶然なんです! ゴミを捨てに来たら、偶然!」


 二年D組の安貞・希刹あんてい・きてらと名乗った彼女は、必死に誤解であることを訴えてきた。

 没個性を目指すかのような黒のセミロングが揺れて、それでいて大きな目がくるりくるりと目まぐるしく表情を変え、主張を強くしている。栄と似ていながら違う愛嬌の深さが、すごく特徴的な女の子だ。


 眉を八の字にして謝っていた、かと思えば大きな瞳をきらきらさせて、

「けど、もう女の子を壁際に追い込んで「俺のこと、どう思うんだよ……」とか、もう漫画みたい! 私、他人ながらドキドキしちゃって!」

 発光が始まった。


 どうも、胸のあたりでぼんやりと光っているようだが、原理はわからない。

 結果、俺と栄のことも、安貞さんの名前とか言い分とかも、一切脳を通り過ぎていく始末だ。

 だって光っているんだもの。


「あー、安貞さん?」

「はい! 何でしょう、虹珠くん!」

「その、自覚があるかどうかわからないし、もしかしたら傷つけてしまうかもしれない」

「え……? 傷つけるって……」

「うん。人は、自分のことを思ったよりも把握していなかったりするだろ?」

「ええ! ええ! 故に傷つけあうんですよね⁉ 恋ってのはそういうものですよね⁉」

 すげえかっ飛ばしてるな、この子……話、聞いてくれるかな。


 身体特徴の可能性があるため、ずけずけとは踏み込めない。やんわりと大外を回して伝えようとするが、口を開くたびにコースアウトしていってしまうため大困惑だ。


「人から、明るいね、って頻繁に言われたりしない?」

「ええ! なんでわかっちゃうんです⁉ そうなんですよぉ、人徳でしょうかね?」

「そうだね、うん、そうだ。じゃあさ、例えば例えば夜道に、急に明るくなって明かりが必要なくなったりしないかな?」

「夜目が効くので、ちょっと良くわからないです……けど、嬉しいことがあれば、昼間でも目の前は輝いて見えますよね⁉」

「そうか、うん、そうだ。でね、じゃあさ、もしかして、えっと……」


 言葉とは不完全なツールだ。

 こんなにも重ねて、だけど相手には通じなくて。

 無力を嘆き、けれど懸命に言葉を探していると、


「安ちゃんは、なんで光っているのかな?」


 幼馴染の、直線番長っぷりが眩しいほどに頼もしくて。


      ※


 事態の核心を致命的な速度で撃ち抜けば、

「……私、いま光ってました……? しまったなあ……」

 自覚のあることが判明し、さらに謎が深まることに。


 普通の人間は、深海魚じゃあるまいし、自ずから光を発することなどない。が、人のようなものなら可能性はあるのではないか。


 あるいは人狼のような。

 あるいはカッパのような。

 あるいは神様のような。


 ここ最近に知り合った人外たちのことを思い起こし、もしかしたら、彼女もそんな超常的な生物の一人である、という可能性を考える。

 ではさて、光る存在と言えば何者であろうか。

「見られたからには仕方がありません……実は……あ、いやちょっと恥ずかしいんで……」

 上着を脱ぎブラウスのボタンに指をかける。正体を明かすか、という素振りを見せるが、もじもじと恥ずかしがり始める。で、栄の袖を引き、最初の柱の陰へ。

 はて、体に証明になるようなものがあるということか。そうであれば、まあ、男子に肌を見せるのは抵抗があるのかもしれない。


 時間ができたことで、想像を巡らせる。

 体が光る、と言えば何者だろうか。

 お化け提灯なんて妖怪もいるし、口と尻を輝かせる猿田彦という神様もいる。

 はてさて、何が飛び出すものか想像もできないが、けれどもさんざトンデモ生命体にでくわしてきたんだ。簡単に驚くことなどあるはずもなく、


「ええ! 大変だよ、幸ちゃん!」

「ダメです! 引っ張らないで!」


 幼馴染の驚きようは、いつも大げさで新鮮さを失わない。その無垢な感性は、すばらしい事だと思う。

 では、栄を驚かせるのは何事かと目を向ければ、


「だ、ダメですって! このままじゃ見えちゃ……あっあっあっ!」

 発光が著しく大きくなったかと思ったら、

「だっ……め! 出ちゃう!」


 柱の影から、ビームが山へ撃ち込まれたのだった。


 驚きはしない。けどちょっと、腰を抜かしはしたけれども。

 同じく腰を抜かしながら柱の影から崩れるように這い出てきた安貞さんは、


「ご覧の通り、私はアンドロイドなんです……!」


 息荒く服の乱れを正しながら、己の正体を教えてくれた。

 ちょっとどの辺がご覧の通りなのか伝わってこないのは、俺が動転しているせいなのか、世界が間違っているせいなのか、どちらのためかは判然としなくて。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る