8:俺とあなたの尺度は違うから、いったんへし折ろう

 雨足は弱まりつつあって、だけど傘も無しではずぶ濡れは避けられないくらいだ。


 昨日も世話になった東屋に避難した俺は、組んだ膝に頬杖を突きながら、親父殿を高く高く投げ合う二人の姿を、ぼんやりと眺めている。

 大切な物だとは思うのだけど、きゃっきゃきゃっきゃとキャッチボールをしている姿を見るに、果たして娘に当たることになる天目さんのなかでどれほどの位置付けなのかさっぱりである。

 傘を差しながらとはいえ上を向くからどうにも濡れてしまうから、よくやるものだと感心しきりだ。


 けれど、俺の言及が的を射ていたなら、天目さんは雨の中でこそガラスの塊を投げなければならない。

 会いたいと願う父親が、雨と風を生みだす竜神だから。


 その父親から会いたければ空に掲げろ、と渡されたのが、今まさに宙に舞っているガラスの塊だ。

 受け取って、あの人は今までどれぐらいの回数を、試行したのだろう。

 百、千、いやどうであろうか。

 いずれにしろ、数えきれないほど気が遠くなるほど、父親に会わんと石を掲げ、投げ、繰り返してきたのだ。同じぐらい、取り落とし、探さんと下を向きながら。


 ずっと、たった一人で。


 栄相手にはしゃぐ様子から想像できないけれど、思い描くに痛々しい姿だ。

 投げ、落とし、見失い、探り当て、また投げて。

 見込みのない試行を、雨に打たれることも厭わずに。どこに行くこともできない繰り返しを、ただただ続けている。

 辛くはないのかと思うし、まるで呪われでもしているようだとも。


 明るくなりつつある空の下で、栄と笑いあっている天目さんを眺めながら、そんな俺の尺度に付いて考えを巡らせてしまう。


 キャッチボールはいつの間にか終えており、今は幼馴染が一人で投げては受け止める遊びに移行していた。

 なら天目さんはというと、明朗な笑い顔でこちらに向かってきていて、

「マッキーは、体力の底が無いのう!」

 汗を拭いながら、俺の隣に腰を下ろしてきた。


「元気が取り柄ですから。こないだ車に轢かれましたけど、ちょっと意識失っただけで無傷で回復してますからね」

「それ、元気とちょっと違うじゃろ? え? マジなの? あやつ、実はヤベー奴では?」

 不安げに訊ねる姿に、思わず吹き出してしまう。


 冗談である、と判断したのか、天目さんも笑ってそれ以上は何も言わず、並んで一人遊びを繰り返す栄の様子を眺めやった。

 二度、三度目、親父さんが小さな手に収まる姿を見届けると、


「すまんかったなあ。さっきは睨むような真似をしてしもうた」

 小さな声で、謝罪を寄こしてきた。


 驚いて視線を向きやれば、眼帯に隠れる横顔は表情が分かりにくくて。

「突拍子もない事を言い当てられて驚いてしまってのう。ちょいと警戒が強くでてしもうたんじゃわ」

「……それじゃあ」

「隠しても仕方あるまい。お主の言う通り、わしは天目一箇じゃ」


 器用であることが察せられる細く長い指で、眼帯を指さしながら、一つ目の神様であることを自白する、その面持ちを察することができないままに。


      ※


「元々は鍛冶の神だったんだがのう。今や鍛造も炉も機械任せで、挙句精度が高いとあっては、神としても役割も減ってしもうてなあ。あの家にも炉はあるんじゃが、いつぞやから火もくべとらんていたらくじゃ。はっはっは」


「それで、暇に飽かせて発明をしていると?」

「おいおい。製鉄鍛造、最新技術を司る神様じゃぞ? 好奇心は、高天原でも一等じゃったわい。ま、暇であることは否定せんがな!」

 明るく、己の現状を聞かせてくれる天目さんは、けれどなんだか風船のような膨らみかた張り詰めかたをしていて、


「けれど、そんな時間を持て余した技術神でも、ガラスの塊の正体は突き止められず、ですか」

 虚勢、空元気を見せつけていることを知れる。

 では、なぜ内に虚ろを作りながら、笑顔を浮かべるのか。

「痛いところを突きおるの……そうさな、言う通りじゃ。幾度試そうと、親父殿は応えてはくれん」


 誤魔化しの笑みではない。

 きっと、

「なあに、炉の火を消した今、楽しみはこんな謎解きしかないんじゃ。ゆるりゆるりと、色々と試すだけじゃよ」

 虚ろであることが喜ばしい、のだ。


 逆に言えば、課題が解けて満たされてしまうことを恐れている。

 さ、と鈍く赤い西日が差し込み、天目さんの赤い瞳が燃え上がって、


「あぁ、雨があがってしもうた」

 立ち上がり、長い背を下りながら、尻をはたく。

 やはりこの人は、自然と下を向く形になり、

「今日もまた、親父殿には会えず仕舞いじゃのう。どうじゃ、お茶でも飲んでいくか?」

 と、笑う。


 まるで穏やかな、安心を得たような。

 そんな留まることを是とでも言いたげな笑顔に、


「俺は」

「うん?」

 硬く、強く、踏み込むことを躊躇わず、

「俺は面白くないです」


 自分と他人の違い、その基準であると教わった己の尺度を、

「気付いているんでしょう、あの親父さんと呼ぶガラスの塊の正体に。最先端技術の神と嘯くなら、中学の科学で行き当たる物の正体なんか、気が付かないはずがないんだ」

 折る勢いで、投げつけることにしたのだ。


 他ならぬ、この天目・一をハッピーエンドへ叩きこむがために。

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