4:オオカミは盛る炎を咎めて

 真上が興奮を落ち着かせたところで、礼をしたい、という天目さんが切り出してきた。


 俺たちはジュースを奢ってもらったので十分と辞したが、

「それだと、そっちの功労者に何もしとらんことになるじゃろ。茶の一杯と菓子くらい振舞わせてくれんか」

「お菓子? いやいいよ、それより……おい掴むな! 引っ張るなって!」

 と、警戒する真上の手を取り歩きだしてしまったものだから、ついていかざるを得なくなってしまった。


 二、三歩行くと荒れる女子高生も諦めたようで、手を引かれるまま。

 じゃあまた東屋か、と思ったが彼女は目もくれず、ずんずんと公園の外へ向かっていく。


「天目さん、どこ行くつもりっすかね」

「公園を出るってことは、喫茶店とか、もしかしたら天ちゃんのおうちとか?」

「だとしたら山を下りるだろうけど……逆方向に上っていったぞ?」


 多田羅山公園自体が、大きな通りから逸れて少し上った地点にあるから、どこを目指すにしろ、その大きな通りに戻る必要がある。

 だというのに、案内役は逆へ足を向けるから、俺たちはえ? と、首を傾げてしまう。


「こっから上って、もう山頂くらいしかないんじゃないっすか?」

「うん……あとは」

「古い神社が残ってるな。多田羅山神社。長い階段の上の、ほぼ山頂に」

「え? それって、山のふもとにある神社じゃないっすか。大会前に必勝祈願で行ったから間違いないっすよ」

「その旧社だな。鳥居から御神体まで全部引っ越して、今は古い社だけ残っているんだ。俺らが生まれるより前の話だ」


 子供の頃、社会の授業で行った地元史跡調査の時に知ったことだ。祀っている神様の名前までは失念してしまったが、確か雨と農業を司っていたはずだ。

 なるほど、と少し離れた地区から進学してきた後輩は、


「じゃあなおさら、天目さんはどこに向かっているんすか?」

「いやあ……」

 と言葉に困ったところで、

「おおい! ついてきとるかぁ⁉」

 延々と、まるで天を衝かんばかりに伸びる石階段の初段に足をかけながら振り返る、天目さんから呼びつけられてしまう。


 ともかく疑問でいっぱいであるが、はぐれるわけにもいかないから、少し駆け足で彼女の背を追っていかざるを得なかった。


      ※


「まあ、気兼ねなく腰を下ろしとくれ!」


 長い長い階段の途中を、脇の獣道に逸れて、結局たどり着いたのは、森の中に隠れるように巨体をひそめている、それなりに大きな住宅であった。


 ツルに覆われる姿に、築年数はわかりづらいけれど、長い年月を経た姿であることはわかる。つまりは古いながら崩れることもなく建っている、造りの立派な居住だ。

 参道から逸れたところ、ということで元は神社の管理者の居住だったのだろうか。少なくとも天目さんは神職者には見えないから、関係者という風でもない。


 色々と怪訝に思うことはあれど、と俺たちは家主に勧められるまま思い思いに座布団へ腰掛けていく。

 思い思い、とは言いながらも、腰を下ろせる場所は限られていた。


 なぜなら、土間から奥座敷まで、おかしなパイプのついた自転車やら、三本が連結された包丁やら、電源ケーブルが異常に太い半田ゴテやら、鉄管を十数本束ねたものやら、意図も用途も不明なもので埋め尽くされているのだ。

 なんなら、座布団に腰かけた俺の膝下には、くるくると首を回し続けるネズミの木人形が踊っていたり。


「とんでもなく散らかってるっすね!」

 ううむ、と辺りに奇天烈な光景に言葉を迷っていた俺の頭上を、直情一本勝負の後輩が切りつけていく。

 台所で、モーター音を立てながら回転する複数のビーカーを注視する家主が、まっすぐな質問に笑って答えた。


「はっはっは! どうにも物作りが好きで、そうなるとなんでもかんでも使えるんじゃなかろうかと思ってしもうてのう! 気が付けばこの有様じゃ!」

「天ちゃんは、発明家なの?」

「ほう、ダ・ヴィンチやらエジソンやらと同列に扱ってくれるか。嬉しいのう。ま、多少は特許を持っておってな、そんな収入で生活をしているのじゃよ」

 なんとも予想外な職業に、だけどもなるほどと辺鄙な居住地に納得をした。


 金属加工は当然で、モーター音やらファン音やら、騒音を振りまくことになる。山の中で、木々に雑音を吸い込ませるのは、理にかなっている。

 なるほど、などと感心し、だけどあの高速回転しているビーカーの中で煮立っていくお湯を見るに、先任の知など「くそくらえ」みたいな開発指向が透けて見えるから、正直まともではないと断言してしまう。


 お茶を待ちながら、天目さんと世間話に花を咲かせる幼馴染と後輩の様子に、けれどいっこうに口を開かない真上に気が付き、

「どうした?」

「え? あ、いや……」

 声をかけるも、曖昧な返答が返るのだった。


      ※


 目もあちらこちらを泳いで回り、そわそわと落ち着かない風。なんでもないということはないだろうが、明確な肯定も否定も示さない態度に不審を覚えれば、


「ああ、いや、良くわかんないんだよ。なんか……落ち着かいないというか、逆毛立つというか……」

「そういや、ここに来るまでも変だったもんな。人嫌いのお前が、あんな強引に手を引かれて素直についてくるなんて」

「ああ、そうなんだよ」


 自分の手を見つめて首を傾げる姿は、本当にその身に起きている現象を理解できていないことに、迫真を込めてくれる。


「もしかして、なんだがな」

 心当たりに付いて、顔を近づけ声をひそめる。


「一応、うちは狼の神様の血族だろ。で、すぐそこに、元とはいえ神社があるわけだ。つまるところ、他所の縄張りに踏み入ってる状態なんだ」

「それでピリピリしていると? 説明になってないだろ、それ」

 警戒状態の理由になら、なる。けれども、天目さんの言葉に従ってしまうことには、根拠としては欠けている部分が多い推論だ。

 真上も自覚があるらしく、そうなんだよなあ、と困り眉を作って見せる。


「ようし、湯が沸いたぞ! 貰い物だが玉露でな、一口飲めばお偉いさんの腰も抜けるという塩梅の一品じゃぞ!」

 盆に湯呑を並べて現れた天目さんに


「腰が抜けるって! 水奈ちゃん、ちょっと貰った方がいいんじゃないかな!」

「巻先輩! 自分が抜くのは尻子玉っす! 腰抜いたら殺人事件すよ!」

「はっはっは! 尻子玉も抜いたら死ぬじゃろ! てーか、お主カッパか何かか⁉」

「なんか、家系図の先祖に河童を名乗る人物がいるんすよね、自分ち!」

「家系図……やめろて……それ以上線を足したら、あみだくじになっちまうじゃろ……! 後先考えず口約束するから……!」

「ダメだよ、天ちゃん!」

「巻先輩! いま胴タックルはまずいっすよ!」

 三つ巴の戦いに発展していた。


 そんな様を見つめつつ、真上が鼻を鳴らし、

「あとな、これも原因かどうかわからないんだけどな」

 困惑を瞳に光らせながら、


「臭うんだよ。やけに濃い火の香りが」

 気付に口からお茶を流し込まれている美人を、不審げに見つめて。


 火の臭い、その正体は分からないけれども、狼が熱を持ち爆ぜる炎を恐れるのは、理に適ってはいるよなあ、なんて益体もないことを思うのだった。

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