3:ご家庭の事情案件に、指を突き入れる

「おい、あったぞ」

 展望台手前の茂みの中から、真上の報が届けられる。


 失せ物探しということで真っ先に打った手が、鋭い鼻を持つ人狼に電話で協力を願うことだった。最初は面倒くさそうに舌打ちしていたが、何を思いついたのか「次の時は両足な」と頭ピンクとも必要な犠牲とも言い切れない不明瞭な要求をしてきて、交渉は成立。


 さすがの嗅覚であり、十分ほどで到着するや否や、あっさりと目的のものを見つけ出してしまった。


「真上先輩、すごいっすね! どうやったんすか、今の!」

「本当じゃのう! 見た目怖いから、カツアゲ要員かと思ったのを謝らんと」

 藪から出てきた功労者のもとへ集まっていくと、彼女の正体を知らない二人がしきりに感心していた。


 では、さて、例の親父さんというのはどんな姿なのか、と女子陣の真ん中をのぞき込めば、


「わあ、きれい!」


 幼馴染が感嘆するように、手の平の上でそれは輝いていた。

 真上から天目さんの手の平に渡されたのは、手の平ほどの透明なガラスの塊。

 面が綺麗にカットされ、であるが正方体ではなく、幾面かが斜めになっている。それぞれの面がきらきらと西日を呑んでは反射し空を映して、まるで燃えるように赤く輝いていた。


「これがお父さんなんですか?」

「うむ! 相違なく、わしの親父殿だ! いやあ、難儀をかけたの!」

 感謝を、眼帯に隠れながらも顔いっぱいに咲かせる。


 片目を革細工で覆い隠す異相。だというのに損なわれることない怜悧さが、安堵でもって緩み広がっていく。

 まるで打たれ磨かれた鉄のような様相が、いとも易々と、感情の発露に合わせて変化していく様は、愛嬌を倍掛けにしてくる。ともすれば、ポンコツ臭が漂う。


 あまり長居をすると、また変なトラウマが開きかねないということでもある。ハッピーエンドを求める俺においても、ちょっとご家庭の複雑な案件くさいので、手を出しかねるところだ。

 よって全員が、よかったよかった、とハッピーエンドに幕を閉じようとしたところで、


「なんで、そのガラスが父親なんだ?」


 誰もが目を背けていた闇に、真上が素朴からの指摘を押し込んできやがった。

 そりゃあ事情を説明しそびれた俺たちも悪いが、その暇をくれないほどのスピード解決を果たしたオオカミさんサイドにも問題はないだろうか。


 問題提起はしかし、口には出さないから誰にも届かず、

「まさか、ガラスのまたぐらから生まれたわけじゃないだろ」

「……おう娘っ子、可能性を否定しちゃいかんぞ」

「え? だって、そんなの……いや、そうか。悪かったよ、早合点だったわ……」

「はあ? ガラスから赤ちゃん生まれるわけないじゃろ。おぬし、頭大丈夫か?」

「てめぇ! このまま山の肥やしにしてやる!」

「真上先輩! 学外の人にはまずいっすよ! 具体的に言うと、問題起こった現場に自分がいるのが問題っす! 部活停止になっちゃう!」

 なんだか、和気藹々がエスカレートしていた。


 はっはっは、と上機嫌に笑う天目さんは、

「親父殿からな、親父殿自身だと思え、と言って渡されたものでの。言うには、会いたくなったら空高くに掲げろ、なんて話でなあ」

 確かに、それでは形見とは違う。


 けれども要領の得る話でもないものだから、もう少し掘り返していく。

「なるほど、だからお父さん自身なわけですか。それで、掲げていたと?」

「うむ。なるべく高いほうが良いかと思って放り投げたりしているうちに、ぽろりとやってしもうてのう。よくあることじゃ、はっはっは」

 声高く笑う横顔に、栄が小首を傾げる。

「じゃあさ、天ちゃんは今日、お父さんに会えたの?」

 そこだ。


 なぜガラスの塊を空に掲げると父親と会える、ということになるのか。因果が結びつかなくて、頭が混乱してくる部分。

 いまどき、俺が真上を呼び出したように携帯電話であっさりと連絡を取ることができる。なんなら、ビデオ通話で姿を届けるのも簡単だ。

 それを、石を掲げる、なんてコミュニケーション手段としてしても異次元なやり方で成そうという彼女と父親に、なんだかうすら寒いものを覚えて、


「いやなあ、会えんかったよ」

 だけど、笑いガラスに目を落とす眼差しが、なんだか寂し気で、

「今までずっと、会えたことはないんじゃ」

 加えて柔らかなものを含む、矛盾めいた光が揺蕩っているから。


 明らかに、前提からして不備のある連絡手段が不通だと笑う天目さんについて、きっと複雑な家庭の事情があるのだろう、と安易に踏み込むのはためらわれてしまって。

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