2:燃える瞳を引きずり出す

 差し込む西日に輝くその顔は、隻眼という異相であった。


 肌に寄せたような明るい茶色をした革で眼帯を作り、左目を隠してある。眼帯の表面には盛る炎の意匠を施して、逆の無事である瞳もまた、陽を呑み込んで中の血管を浮かび上がらせ赤く染まる。

 まるで、双眸に火を灯しているかのように。


 革パンに黒のワイシャツという「清楚」や「穏やか」なんて単語から駆け離れた格好で、俺がわずかに見上げることになるほどの長身をほんのり前に傾けている。


 俺は、自分より高い位置から向けられる怜悧な眼差しに魅入られていると、ぐるぐると所在を失ったように回りはじめ、


「なななななんじゃ、お主ら! やや藪から棒にああああ現れおって! ぜぜぜ銭なんぞ持ち合わせておおおらんぞぞ!」

 声を詰まらせながらの詰問は、明らかな動揺を全開にし始めた。


 美貌を崩して、動揺に被害妄想を膨らませる姿は、相手をするにとにかくめんどい。

 思わず後ろの二人にどうしたものかと目配せをすれば、どちらも困った顔でさらに二人で顔を見合わせ始めるから、肩を落として、


「あの」

 落ち着かせようと、一歩前に。

 であるが、

「ひいい! 寄るな! それ以上わしに近付くでない!」

 二歩下がられた。


 頭をかき、この先の困難を予期するが、とはいえ困っている様子であったこの人を信仰の都合から捨て置いてはおけず、どうにか落ち着かせんとあれやこれや手を尽くすことになるのだった。


 決め手が、可愛い幼馴染による胴タックルであったのは解せないが。


      ※


「はっはっは、すまんのう。取り乱してしもうたわ」


 東屋内のベンチに腰をかけ快活に笑う女性は、天目・一あまめ・はじめと名乗った。

 併設された自販機で買ったブラックコーヒーに口を付けながら、ついさっきまでの動転を嘘のように消し去ってしまっていた。


「若い奴らはムチャしおるからのう……旦那の言葉が気に入らないってだけで火を付けたり、ちょっと嘘ついただけで刃傷沙汰になるわ……やめろ、わしは関係ない……! 巻き込むな……! 傍観者面とかじゃなく、無関係じゃろがワシは……!」

 突然にトラウマの堰が切られて溺れそうになったりはするが。察するに近親に、なにかしらヤベェ事件が複数巻き起こったのだろう。


 深く突っ込むと心の傷を抉ることになるかもしれないから、

「そうだねぇ、最近は変な事件も多いもんねぇ」

 癒し担当の栄に任せることにする。

「だけど若い奴らって言うっすけど、一さんだって全然若いっすよね? 自分らより、ちょっと上かな? 大学生かな、くらいじゃないんすか? 喋り方は、おじいちゃん……おばあちゃんみたいな感じっすけど」

「はっはっは、見た目が若いと言われるのは悪い気がせんの」

 鷹揚に笑う天目さんは、年齢についてはそのまま誤魔化しきったので、よくは分からないままになってしまった。


 大人なのは間違いない。

 俺たち全員に、躊躇なく財布を開いてジュースを奢ってくれたから。だけど、

「まあとにかく、あんまり人目に付きたくなくてな。見た目がこれで、昔から怖がられてしもうて……ぼうず、どうして逃げるんじゃ……ママ―こわいーじゃないんじゃが!」


 またトラウマが開いて震え出した。


      ※


「実はな、大切なものを落としてしもうての」


 落ち着けば工芸品のように美しい頬を撫でつけながら、天目さんは困ったように笑って見せた。


「だから、下ばかり見ていたんですか」

「おう。であるがな、なかなか難儀をしておるわけよ」

 と、困っていると言いながら、やはり笑う。


 それはどこか楽しんでいるように見えて、だけど困っているのが嘘だとも思えなくて、けれど指摘するのは失礼かもしれないと躊躇われて。

 だから、当初の通り、


「よかったらお手伝いしますよ?」

「おお、本当にか? 助かるが、ううむ、迷惑ではないか?」

「大丈夫っすよ。日暮れまでならっすけど」

「おうおう、ありがたい。若いにしては出来た子らじゃのう」

 困りごとの解決に手を貸すこととした。

 それじゃあ、と率先した立ち上がった栄が、

「天ちゃん! 探し物って、なんなの?」

「うむ。こう手の平で包み込めるくらいの大きさの」

 ふんふん、と全員が身を乗り出すと、


「わしの親父殿なんじゃがな」

 壮絶なカウンターフックに、全員がこめかみをぶち抜かれてしまった。


      ※


「親父さんの形見、ですか?」


 言い間違いだろうと、どうにか一〇カウント前に体勢を取り戻すが、

「いや親父殿じゃ」

 間髪入れずに、打ち下ろし気味のフックが顎に突き刺される。


 ノックダウンした俺たちは、虚ろな目で東屋を少し離れて輪になると、

「幸ちゃん! どういうことかな! お父さん、手の平サイズなのかな!」

「先輩、もしかして牟生市の七不思議とか、そういうのにカウントされる人なんじゃないっすか……?」

「そういうこと言うなよ。お前がそう言っちゃうと、俺も思ってたからダブルで失礼になるだろうが」

 作戦会議を開始する。


「なんじゃあ? 仲間外れは寂しいんじゃがー! どうしてお前らは直前になって回覧を回してくるんじゃ……! しかもわしの準備が一番に負担が大き、ぐっ…!」

 が、東屋でトラウマが開きかけたので、栄が飛びつき胴タックル。俺と伊草もわらわらと戻っていく。

 ろくに行動方針を定めることはできなかったが、まあ、返事は決まっている。


「ちょっとよくわからないですけど、お父さんを探すのを手伝いますよ」

「げほ、ぐふ……いいんか? いま、断る算段を話し合っておったんじゃないんか」

 衝撃でむせ返したコーヒーで汚れた口端を、指で拭いながら問い返してくるから、


「困っているんですよね? なら、俺は見捨ててなんかおけない。そのまま見つからずにアンハッピーエンドなんて、神が許しても俺が絶対に許さない」


 は? と呆然と口を開く天目さんに、届けとばかりに思いの丈をぶつける。


「だからもう、あなたが勘弁してくれと泣きついたって、俺は諦めない! 首根っこをひっ捕まえて、ハッピーエンドに引きずり出してやるからな!」

 言い終え、驚いた様子の彼女は、だけどゆっくりに口元へ笑いを浮かべて、一つ頷いて見せると、女子二人に向かって、


「こやつ、実はヤベー奴じゃない?」

 年長の見識を披露して見せるのだった。


 そうして、行方不明な手のひらサイズの親父さんを探すこととなった。

 どうしてか釈明をしてくれるはずの二人とも、目を逸らしたまま言及を避けていることがどうにも解せないまま。

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