在り処を探す子犬の嘶きは苦しくて
1:彼女は目覚めて、日常は相変わらずで
俺、虹珠・幸一は高校生だ。
通うのは、県立
牟生市自体が駅から少し離れるだけで、江戸時代から続く広大な水田がそのままに残るようなド田舎であるため、学校もなかなか自然豊かな情景の中にある。
こんもりと小高い
自然に挑戦するかのような無茶な建築で、通学は上り坂になってしんどいし、
「だから、幸ちゃん! 世界は危機に瀕しているの!」
並んで登校する幼馴染は、可愛らしく両手を振り回して不穏な単語をオーバースローで投げつけてくるから、なおさら足は重くなる。
交通事故から奇跡的に無傷で生還してから三日、経過観察で一日入院していたが元気が有り余るために放り出されると、始終こんな調子だ。
両親やクラスメイトの前では以前と変わらない言動らしいのだが、とかく俺と一緒だとこのありさまで、頭を抱えてしまう。
じゃあ、問題を解決しようと、
「栄さあ。何度も聞くけどさ、具体的に何が原因なんだ? それを聞いた俺が、解決できる問題なのか?」
「もちろん! 幸ちゃんじゃなきゃできないことだよ!」
「うん、そこは分かった。信用しよう」
「もう……何回言ってもいつもそこだけ信用するよね?」
「お前が答えやすい質問にだけ答えるからだろ。で、具体的には何が原因なんだ?」
「それを言っちゃうとタイムパトロールに粛清されちゃうから!」
えらいキッズSF的な名詞を出されて、この二日間、同じ問答が幾度繰り返されようと、解けないままになっているのだ。
※
――私は世界が滅ぶのを、未来に行って見てきた。原因は具体的に言えないけれど、私とあなた。
目を覚ました巻・栄の口から迸ったのは、こちらの精神活動を守る常識という安全柵を、高回転のエンジンチェーンソーで細切れに刻もうという試みにしか思えなかった。
そんなことになったら今度は脳をダイレクトに狙われることになるから、こちらもバリケードの積み上げに必死にならざるえをえない。
これまでの幾度かのやり取りで判明したことは三点。
・幼馴染は未来を見た。
・その未来で世界は滅んだ。原因は俺とこいつ。
・その後、今の時間軸に戻ってきた。
起こっている現象を鑑みるに、結論は一つ。
「タイムリープだよなあ」
「タイム……え、なに?」
「意識だけ時間軸を飛び越す、ってやつだな。日本の巨匠が考えたSF的舞台装置の一つ。体ごと過去に飛んで面倒くさいパラドクスに巻き込まれるタイムマシン物と違って、意識だけだから、せいぜいバタフライエフェクトくらい……」
「幸ちゃん! 突然長文が早口で飛び出す、個性的な癖が表沙汰になってるよ!」
「お前のそういう、柔らかい言葉に刃物を隠し切れないとこ、悪くないと思うよ」
最大限に相手を気遣う優しさが、好きになった理由の一つだ。攻撃力を包み切れない不器用なところも含めて。
まあ、率直な言葉であって、
「そ、そんなに褒めたってダメだからね!」
褒めたつもりはなくとも、勝手に喜んでしまうハッピーな脳も素敵だ。
頬に手を当てて頭をぶんぶん振り回す姿に、うむうむ、と周りの男女問わずに始球式でマウンドに上がったお子様を眺める姿勢に。
「世界が滅んじゃうんだから!」
そのお子様がノーバウンドでミットに剛速球を放り込んでくるから、目を逸らしてしまうが。
頭ポッポしてる幼馴染に、話の軌道を戻してやると、
「なんの話だっけ? 幸ちゃんの変な知識の話?」
「お前、SFの巨匠に謝れよ? タイムリープの話だよ」
ああ、と笑顔で手を打つから、頭を掻きながら困ったようにため息。
「いろんなお話があるんだけどな、たいていの場合、主人公は取り返しのつかない過失を取り戻すために過去に飛んで、修正しようとして上手くいかなくて、また過去に戻ってを繰り返すんだ」
「へええ。だけど、最後は目的を達してハッピーエンドなんでしょ? 幸ちゃんの好きな」
「過去を改竄する、なんてチートを好き勝手するお話だぞ? ほとんどの結末がビターエンドだよ」
感動という口当たりの良い砂糖をまぶしてはいるけど、目的の五割ほどは達成できないことが多い。そこが面白いところなのだが、根本的な嗜好としてハッピーエンド好きの自分には合わないのだ。映画見てぼろ泣きはするけども。したけれども。
結局、結末は幸せを掴めない。
「だから、栄。本気で言っているなら、何もかも忘れちまったほうがいい」
※
なにも、幼馴染と付き合いたいがために唆しているわけじゃあない。
未来がわかって、悲劇を回避するために生きるだなんて、そんなのは不幸せだ。
もしかしたら、事故の衝撃で記憶が混乱しているだけかもしれないのだし。
考えないほうが良い、と伝えるのだけど、
「ダメだよ。見ちゃったんだもん、捨て置けるわけないよ」
笑顔で控えめに、だけど頑として拒む。
ああ、だろうな、と納得してしまうのは、彼女の人と為りを熟知しているからだ。
誰かを支え助けることを「好き」として、控えめなのかと思えば我は強い。納得を得るまで、引くことなどない。
だから「見ていない」俺の言葉に、拒否を示すのだ。
学生たちの雑踏の中、いつの間にか立ち止ってしまっていた俺と彼女は、流れを割り、滞らせてしまっている。
いけないな、これは。
「続きはまた今度にしようか。学校始まっちまうよ」
「そう、だね……じゃあ、お昼……え?」
俺の視界の先で、栄の小さな体が宙を舞った。
※
正確には両脇に差し込まれた手によって高々と持ち上げられて、
「相変わらず、朝からイチャついてるな、お前らは」
艶の深い黒髪を揺らす大柄な女生徒が、鋭い造形の目元に笑みをたたえていた。
「岳ちゃん!」
彼女は
二年になってからの転入生であり、美人ながら刺々しく不機嫌そうな顔つきと粗暴な口ぶりから周りから孤立しがち。まあ簡単に言うと、見た目と舌禍でレッテルを張られてしまっているのだ。
だもんで、誰にでも分け隔てのない栄が、彼女の交友で一番に目立つ人間であり、
「事故にあったって聞いたから心配したんだぞ、栄」
「そうなの? けどほらピンピンだよ!」
「驚いたよ。傷一つないじゃないか」
「なあ、おい。人の幼馴染を米俵みたいに担がないでくれるか?」
「うるせぇな。納まりが良いんだよ」
俺とは少し距離がある。
聞く耳持たないという様子で、なにやらはしゃいでいる小動物を担ぎ直すと、すたすたと歩きだしてしまい、
「じゃあ、先に行くね! 幸ちゃん、またお昼!」
それと、と言葉を出して、
「気を付けてね!」
突然の忠告に、は? と口を開けたあほ面を見せると、
「最近、この辺に野犬が出るんだって!」
突然な単語に、昭和かよ、と思わず肩を落としてしまうのだった。
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