君に告白をしようにも笑顔で『世界が滅ぶから』と拒まれてしまうもので
ごろん
君に告白をしようにも笑顔で『世界が滅ぶから』と拒まれてしまうもので
OP
暗転は、ほんと不意を狙ってくるから。あと死角も。
出会いの時の、最初の挨拶も。
別れの時の、最期の言葉も。
日々の、何げない返礼も。
先を見据えた、厳つい警告だって。
地平線に陽を臨ませるほどの金言であっても、時を逸すれば輝きを鈍らせるものだ。
だから、大切な言葉は、伝えるべき時に伝えておく必要がある。
そう、分かっていたのに。
俺はグズグズと、高校二年の秋に差し掛かろうというまで、想いを伝えることを躊躇ってきた。
相手は隣家である、幼馴染の彼女。
明るく、人懐っこくて、小さくて度々同級生に担がれるほど可愛らしく、誰にでも分け隔てのない、優しく自慢の幼馴染だ。
子供のころから親の仕事の都合もあって、一緒の時間を多く過ごしてきた俺たち。
登下校も一緒で、休日に二人で過ごすことも多かった。
同級生に見つかり冷やかされることも多々あったけれど、顔を真っ赤にして抗議する姿の可愛らしさに冷やかす連中も例外なくほっこりしてしまって、笑い話で収まってしまったのはひとえに人徳であろう。
親含め、こちらを知るほぼ全員が俺、
そんな既成事実に、今まで胡坐をかいていたのだ。
けれども、それじゃあいけない、と。
はっきりと思いを伝え、彼女が可愛らしく抗議をする必要をなくしてしまいたい、と。
だから、思い立って、放課後に家へ訪ねる約束を交わした。
想いを伝えるために、これからを望むために。
けれど、彼女はその日、帰宅することはなかった。
巻家の前で待ちくたびれて座り込んでしまった俺へ、学校から携帯電話でもたらされた報は、
「栄が交通事故に……⁉」
目の前がまっくらになる、なんて経験は今までに何度だってあった。
夏休みの最終日に、カバンの底から見覚えのないドリル帳が出てきた時も
ちょっかいを出した草むらのカマキリが、顔面に飛びかかってきた時も。
なんか、突然パソコンの画面が真っ青になって英語が飛び交い始めた時も。
意識が遠のくことなんか何度だってあったけど、けれど今回は特別だ。
生涯で、一番の暗転。
衝撃的で、だけどやはり、という暗い肯定を味あわされた。
やはり、大切な言葉は伝えるべき時に伝えなければ、置き去りになってしまう、のだと。
※
自転車をすっとばして、硬く乾いた秋風に割かれた頬に汗をにじませながら、誰よりも早く市内の組合病院に駆け込んだ俺は、緊急棟の待合室で、頭を抱えることになった。
栄は治療中だから待っていてほしい、と慌ただしい様子の看護士に説明されたきり、小一時間はそのまま。
ただ自分の後悔だけを噛むことになってしまって、顔を上げられずにいる。
もっと早く、想いを伝えていれば。
どうして今日なんかに、こんな約束を。
いっそ、学内で事を済ましていれば。
渦巻くたらればに、自己嫌悪を溶け込まして、同じところをグルグルと回ってしまって。
救急隊員の人が状況を説明してくれたようだが、事故に巻き込まれたこととその後に通報によって搬送されたという、事実経路として推測も不要なほど当然なところしか耳には残らないほど、胸は理性という包みがぐちゃぐちゃに乱れて中身が剥き出されてしまっている。
一人残され、雑然と騒がしい病院の雑音もどこか遠くに聞きながら、俺は一人頭を抱えている。
どれほど時間が経っただろうか。
窓は、秋らしく夕暮れの足が早く暗がる頃になり、俺は肩を叩かれ顔を上げれば、
「巻・栄さんのお隣さんですね?」
眉間を刻み、頬を固くする衣姿の長身の中年が、こちらを覗き込んできた。
先生の表情、声音から深刻さは窺い知れて、だけど肯定はしたくなくて、思わず首を横に小さく振ってしまうと、
「手は尽くしました……気を確かに持ってください」
こちらに現実を打ちつけ、繋ぎとめようと、手に力を込めてくる。
手の平が焼けるように熱いほど、こちらの血の気は引いている。
生涯で、一番の暗転だ。凶報を受け取った時なんか、比べ物にならない。
先生は、手足に力の入らない俺を支えるように立ち上がらせると、ゆっくりと処置室に手を引いてくれた。
だから、覚悟なんかできないまま、暗い肯定を味あわされてしまう。
ほら、大切な言葉は伝えるべき時に伝えなければ、置き去りになってしまう、のだと。
※
医師が、簡易診察室のカーテンに手をかけながら、重々しく確かめてくる。
「気を、確かに持ってくださいね」
数歩程度の時間で、だけど体を動かしたことで頭に血が巡ったのか、どうにか首を縦に振れるくらいにはなっていた。
そして、なんかおかしくないか、と違和を感じられるほどに。
彼は「手を尽くした」と、間違いなく言っていた。回復した、ではなく。
つまり、幼馴染の可愛らしい少女は、元の可憐な状態に戻ってはおらず、悲惨な状態にあるはずだ。
ならば治療の継続が必要であるし、命を落とすほどの重体であるなら手術室にその身があるはずだ。事実、すぐそばに救急用の処置室はある。
だのに、ベッド程度しか見当たらない処置室に連れ込まれ、その一角のカーテンに手をかけているのはなぜだろうか。
疑問は、だけど答えに結実せず、
「入りますよ」
カーテンが開かれた。
さて、何が待つのか、身と意識を固くすれば、
「あ、幸ちゃん?」
幼馴染の可愛らしい笑顔が、咲くように迎え入れてくれた。
※
え、と呆気にとられる俺に、
「巻さんは、救急隊の連絡だと完全に轢かれたらしいんですけど、奇跡的にほぼ無傷です。掠り傷があるくらいですね。ついさっき気絶から目を覚ましたところです」
彼女の笑顔とは不釣り合いなほど、医者は沈痛に症状を教えてくれる。
え、と向き直ると、
「気を確かに持ってください」
今にも泣きだしそうな声の忠告。
いったい何が、と栄に向き直れば、
「幸ちゃん!」
いつの間にか眼前にまで再接近していた彼女が、眉をしかめた厳しい顔つきでちっちゃな指をこちらに突き付けながら、
「私、見ちゃったの! このままじゃ、人類は滅亡するわ!」
え、と言葉を失った俺に、
「人類が滅亡するの! 私と、あなたのせいで! 具体的は端折るけれど、私が幸ちゃんと一緒になると、世界が滅ぶのよ!」
疲労と緊張のピークにあった意識が、根元から豪快に狩り払われた。
生涯で、一番の暗転だ。直近二回に比べて五馬身は差がついている。
ちょっと待ってくれよ、と動揺をしながらも、暗い肯定を味あわされてしまう。
大切な言葉は伝えるべき時に伝えなければ置き去りになってしまう、とは言っていたけど、伝える前から幼馴染が突然スケールマックスな理由でフッてくるなんて、想像できんだろ。
「え⁉ 幸ちゃん⁉」
「君! 気を! 気を確かに! 私を一人にしないでくれ!」
膝から崩れて意識が暗がりに落ちていく俺は、素直に無意識の海に逃げ込むことを決断する。
だって、ちょっと脳が焼けちゃいそうだから。
あと先生、幼馴染をお願いします。お願いしました。
※
虹珠・幸一、高校二年の秋。
俺の人生において、巻・栄の交通事故に端を発したその後のあれこれは、間違いなく大きな巨大と言っていい転機になった。
良いも悪いも、さまざまある学生生活だが、最後はハッピーエンドでありたいものだと、願う次第である。
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