第3話

 ゴーレムの娘が町へ行くようになって、しばらくが経った。

 名も名乗れない娘のことを、町の人々は「栗毛ブルネット」と呼ぶようになった。娘は主人の錬金術師の他にも、何度か会った人間には首を縦や横に振って受け答えすることを覚えた。


「やぁ栗毛ブルネットちゃん、今日もハカセのおつかいかい?」

「こんにちは、栗毛ブルネット。いつもえらいね。カミさんが菓子を焼いたんだ、少しだけど持って帰ってお食べ」


 娘は無表情のまま、ぺこりとお辞儀をする。それを見た人々は、変わった子だがちゃんとお礼をする良い子だと、満足するのだ。


 あるとき、薬屋の店主が鼻に乗った老眼鏡を押し上げながら、娘に言った。


「おや栗毛ブルネット、まだ若いのに肌がカサついてるんじゃないか? まったく、あのハカセは女の子のことなんてちっともわかっちゃいないんだから。うちの美顔水を少し分けてあげよう。いつも来てくれるお礼だよ」


 娘はいつものようにお辞儀をして、その美顔水を主人のもとへ持ち帰った。

 それを見た錬金術師は、フラスコの液体を困惑の黄色に変えた。


「美顔水だって? いったい何が入っているんだか……成分はあとで解析するとして、残念だけどお前にこれは使えないよ。顔料が剥がれてしまうからね。でも確かに、少し表面がひび割れてきたかもしれないな」


 ふむ、と錬金術師はゴーレムについて書かれた文献をいくつか開いた。伝承は様々で、術師によってできあがるゴーレムにも多少の差異がある。そもそもゴーレムを長期にわたって運用するのはあまり得策ではないようだった。


「とはいえ、私にはお前が頼りだからねぇ。とりあえずこの方法を試してみよう」


 錬金術師は、娘の素材にしたのと同じ土地の泥を小さなバケツ一杯ぶん採取した。それを両手ですくったくらいの量を適当な皿に盛って、娘の前に出してみる。

 娘は錬金術師に頭を下げると、その泥を手づかみで食べ始めた。一口食べる度に、メリメリと娘の体から音がして、かぴかぴに乾いていた表面が滑らかになっていく。あっという間に皿の泥を食べきったが、まだ足りないという風に娘は主人の顔を見た。錬金術師は少しずつ皿に足していったが、結局バケツがちょうど空になってようやく娘は満足した。顔料を塗ったところがまだらになったが、表面は整い、食べた泥のぶんだけ娘の体が大きくなった。


「なるほど、ゴーレムは長く使うほど大きくなるというのは、こういうことだったのか。やはり知っているだけじゃなく実践してみないといけないな」


 錬金術師は頭の中を満足の紺色に染めながら、ゴーレムの娘の肌をまた顔料で塗ってやるのだった。

 



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