第2話
町に着いたゴーレムの娘はまず、宝石商の店にやってきた。ここの店主と錬金術師は顔馴染みで、研究の副産物である宝石類を定期的に買い取ってもらっているのだ。だがゴーレムの娘については初対面である。あまり身なりの良くない娘が店に入ってきたので、店主はあからさまに顔を顰めた。
「うちにはお前さんに渡すもんなんてないよ。物乞いなら食い物の店でおやり」
ゴーレムの娘は眉一つ動かさず、店主に錬金術師からの手紙を差し出した。店主は訝し気にその手紙を受け取ると、その封蝋が知人の錬金術師のものだったので驚いた。
「まぁお前さん、あのハカセのお弟子さんか何かかい? しばらく顔を見ないと思ったんだ。なになに……ははぁ、あの人また実験で何かやらかしたんだね。まぁこっちは宝石を仕入れられればいいんだ。鉱山で採れる石よりは小さいが、なかなか良い色をしているからね。さて、今回の分を鑑定するからちょっと待ってな。おっと、商品を見るのは良いが触らないどくれよ。」
宝石商は手紙を読みながら一方的に喋ると、娘の持ってきた宝石を手に奥へ引っ込んでしまった。ゴーレムの娘は基本的に主人の命令にしか思考を働かせないので、店内に並ぶ煌びやかな宝飾品の数々にも一切目を向けず、宝石商の店主が戻ってくるまでただ突っ立っていた。
「はいはい、お待たせしました。どうだい、うちのアクセサリーは綺麗だろう? 気に入ったのはあったかね。ハカセから仕入れた石もあるはずさ。はいこれ、今回の分。代理だからって誤魔化したりはしてないよ、信用第一だからね。ハカセにもよろしく言っといてくれよ」
宝石商はずしりと硬貨の入った袋を娘に手渡した。何か問われた気がした娘は宝石商に向かって、自分の口元を手で覆う仕草を見せた。
「おや、ハカセは
ゴーレムの娘は、薬屋の店主、鍛冶屋の親爺とも似たようなやり取りをすることになった。街の人間は気忙しく、錬金術師の遣いだとわかれば口を開かない娘のことは大して気にかけないので、娘がゴーレムであることは誰にもわからなかった。
しかし命じられた仕事が全て終わった帰途でのこと。錬金術師の家へ続く道を塞ぐように、荷馬車が横転しかけていた。どうも車輪がぬかるみにはまってしまい、車を引く馬も暴れているようだった。
ゴーレムの娘は、考えることの苦手な頭をゆっくりと働かせた結果、主人のもとへ戻るにはこの荷馬車を動かさなければならない、という結論に至った。その間にも車輪はぬかるみにどんどん沈んでいき、荷馬車の主が「お嬢ちゃん危ないからどいてな!」と叫んだりしていたが、それらは娘の思考の外だった。
娘は荷馬車の端をむんずと掴むと、力任せにこれを引き上げた。メリメリッという音がして娘の掴んだところに割れ目が入ったが、荷馬車は見事ぬかるみを脱した。ゴーレムは怪力を持つので、力仕事でこそ本領を発揮するのである。
暴れていた馬もどうにか大人しくなり、荷馬車の主は驚きながらも娘に礼を言った。
「お嬢ちゃん凄い力持ちなんだなぁ、ありがとうよ」
こういう時にどうすればいいか教えられていなかったので、娘はとりあえずまた口を覆う仕草をした。
「ああ、お嬢ちゃん喋れないのか。世話になったね……おい、こら、お嬢ちゃんから離れるんだ!」
荷馬車を引く馬が、娘の頭に植えられた馬の毛を嗅いだり噛んだりしそうになったのを慌てて馬車の主が引き留めている間に、娘はどうにかその道を抜けることができた。
主人のもとに帰り着いたゴーレムの娘は、この日の成果物を無造作にテーブルへぶちまけた。
錬金術師はフラスコの中身を期待の桃色に染めながら「おやおや」と暢気にそれを拾い集めて見分した。そうして目的が全て達成されたのがわかると、桃色が鮮やかな緑に変わった。
「ありがとう、私のゴーレム。よくやってくれたね」
錬金術師はゴーレムの娘の頭を優しく撫でた。
娘はその意味がわからず、また口を覆う仕草をした。
「はは、私はお前が喋れないのをちゃんと知っているよ。……そうか、他にどうすればいいかわからないんだね。そうだなぁ、お辞儀をする、とかが無難かな。たくさんお辞儀ができるようになるといいねぇ」
娘は主人に言われた通り、ぺこりとお辞儀をした。
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