第81話 帰還の日③


 俺は振り返り、会場全体に届くように大きな声を張り上げた。


「みんな聞いてくれ! これからこのゲートを通って元の異世界に帰るのは、ここにいるもう一人の勇者、奏さん……カナデ・フジサキだ! この勇者カナデは実に二体の魔王を倒し、今回の魔王討伐でもその中心にもなった人だ! 彼女は十分にこの世界に貢献した勇者だろうと俺は思う。だから彼女こそが! 帰還すべき勇者だ! もう、彼女を休ませてやって欲しい!」


 シーンと会場に静寂が走る。

 そして……しばらくすると、ポツポツと拍手をし始める人たちが現れ……次第にそれは大波のように会場を包み込んだ。


「さあ、奏さん、さようならだ。ここまで俺、言っちゃったんだから、もう後戻りは不可能だからね! っていうか、お願い。これで俺が帰ろうとしたら、暴動が起きちゃうよ!」


 奏さんは涙を溜めながら俺を見つめると……俺に抱き着いてきた。


「うわ! ちょっと奏さん!」


「ありがとう! 雅人君ありがとう! 私……私……なんてお礼を言っていいのか、分からないの!」


 因みにこの情景を見たミアは、


「ああ! 抱きついた! あの子、どさくさで抱き着きましたよ! マッツさん!」


 横で涙を流して感動していたマッツはミアに突然、話を振られて驚く。


「ええ!? ミア殿、いい話じゃないか。何を怒って……」


「怒ってないです!」


 ミアの立っているところの地面がドンと沈み、マッツが恐怖で飛び上がった。

 これを王宮の窓から会場を見ていたアンネも目を広げていた。


「マサト様、何をデレデレしてるんですか! 私には逃げるみたいなことを言っておいて!」


 しばらくすると、俺は奏さんをそっと離した。


「じゃあ、行ってくれ、奏さん。ヘルムートさん頼む!」


 俺は奏さんの背中を押した。

 すると……奏さんは俺に振り返り近づいてきた。


「そうだ、雅人君! これを上げるから受け取って」


 そう言うと奏さんは右腕の袖をまくり上げた。そこには奏さんの勇者の紋章が見える。


「え? これを……? いいの? これは帰ってからも十分役に立つと思うぞ、護身用に」


「さすがに、ここまでのものはいらないわ。こんなに強くちゃ、みんなにドン引きされちゃうもの。それに私が雅人君に贈れて、役に立つものといったら、これしかないから」


「……そうか。じゃあ、遠慮なくいただくよ」


 俺は奏さんの腕から勇者の紋章を剥がして……自分の腕に張り付けた。


「ありがとう! 雅人君。あなたのことは絶対に忘れないから」


「ああ、元気でね! もし俺が帰ったら、また会おう!」


「うん!」


 奏さんはそう言って、ゲートが出現するだろう場所で立ち止まった。

 すると、それを見送っている俺にオデットさんが莞爾と笑いつつも話しかけてきた。


「お前は良かったのか? これで」


「ああ……まあ、な」


「そうか……」


 伝説の魔導士とか言われているヘルムートの爺さんは、準備が整ったのか合図を送ってきた。


「にゃはは! では、もう良いな? 行くぞい! ああ、お腹空いた……」


 奏さんの前の空間に小さな光が生まれ……それが広がっていく。

 あ……そうだった。

 俺は何となく嫌な予感がした。

 そういえば……俺がこちらに召喚された時って……

 俺がそう思った時、突如、光は強さを増し、その光の中なら無数の帯状の白いものが出てきた。

 あ、やっぱり……。


「え……? キャーーーー!! なにこれ!? 白い手が!? なんなの!? これで帰れるの!? 雅人君!?」


「……お、おう」


「怖い! 怖いよ!? キャーーーー!! ちょっと、どこ触って!? 本当に何なのよ、これぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 ごめん、奏さん。

 それで多分……帰れるから。

 俺もそうだったから。


「キャーーーー!!」


 という悲鳴を残して、奏さんの姿は光の中に消えた……というより引きずり込まれた感じかな?

 まあ、大丈夫でしょう、うん。


「ず、随分とオワーズの召喚とは違うんだな。マサトもあれで来たのか?」


「……ああ、まあ……な」


 俺は頷くと、会場全体が微妙な空気になっていた。



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