第80話 帰還の日②
そして……次は俺の名前が挙がった。
「勇者マサト・ソウヤ! この度の最大の功労者でありーーーー」
俺はこの辺りから聞き流していた。
こんな美辞麗句や褒賞に値していないしな。
それよりもだ。
このあとがようやく元の世界に戻る帰還の儀だ。
実はこの後に魔王討伐の大規模な祝賀パーティーと祭りが段取りされていたんだが、俺が我がままを言って早めてもらったんだ。
というのも、奏さんたちがこの式典は断れないから出るけど、その後はすぐに出て行くと言ったことが俺にこれを決意させた。
マスローさんやカルメンさんは、渋い顔をしたが最後は納得してくれた。
「では! これより勇者の帰還の儀を執り行う! ヘルムート・ファイアージンガー殿!」
マスローさんがそう宣言すると、会場全体が騒めいた。
これは、もう行くの? というものだろう。
昨日、無理を言ったばかりだったから、他の人には伝えてなかったんだろうな。
「え……? そんな……マサトさん! もう行かれるんですか!?」
「マサト! せめて今夜ぐらいは名残を惜しもうじゃないか! 何故、こんなに早く……」
「そうです。マサト殿……これではあまりに冷たいではありませんか」
ミアたちも驚きつつも寂し気に、それでいて非難してくる。
「まあ……な。でも……待ってくれ」
俺は立ちあがると後ろに振り返った。
すると、大勢が俺に集中し、会場に静けさが覆った。
この間にもヘルムートの爺さんが、術式を解放し会場の真ん中に魔方陣が浮かび上がる。
今、まさに元の世界へのゲートが開こうとしているのが全員に伝わった。
俺は会場を見渡すと……奏さんを見た。
奏さんは驚いたような顔をしていたが、俺と目が合うと落ち着いたような顔になり、笑顔を見せて頷いた。
俺はその笑顔を見て心から思った。
ーーーーなんて眩しい笑顔をする人だろう、って。
他人のために……今、一番、元の世界に帰りたいのはこの人……奏さん本人のはずのなのに、こんな笑顔で俺を見送れるだろうか?
俺は……目を瞑った。
そして……目を開けて元の世界に帰れるゲートを見つめる。
そのゲートの前に何故か俺の死んだばあちゃんが映った。
そのばあちゃんがまるで喜ぶように、褒めるように、俺に……微笑んだ。
俺は歩き出した。
でも、進む方向はゲートの方じゃない。
その俺の歩く方向は……、
奏さんのところだ。
奏さんは俺が近寄ってくることに気づき、戸惑っているようだった。
オデットさんも訝し気にこちらを見ている。
「奏さん……ありがとう。奏さんがいなかったら俺は何もできなかった」
「え!? そんなことないよ! 雅人君も頑張ったじゃない!」
「そうだな……マサトも最後は男を見せたかな」
「あはは……オデットさんに言われるとちょっと自信が湧くな」
「雅人君、おめでとう。これで帰れるね、さようなら、雅人君」
「……うん、さようならだ、奏さん!」
そう言い、俺は奏さんの手を取って前に引っ張った。
「ひゃ! 何? どうしたの? 雅人君!?」
「さよなら、だけど……帰るのは俺じゃないよ」
「……?」
「帰るのは……奏さんだ」
「え!?」
「マサト! 本当か!? カナデを帰してくれるのか!?」
「ああ、本当だよ。俺はちょっとこの世界でやることを思いついたから」
奏さんが目を広げて言葉を失っている。
「奏さん、実は俺も両親を失って、ばあちゃんに育てられていたんだ」
「……え?」
「ちょっと似ているよね、俺たち。でも……違うところもあるんだよ。それは俺のばあちゃんは既に亡くなっていることと……あとは人間的に奏さんが俺よりも立派に成長しているところかな? あはは」
「ちょ、ちょっと! 雅人君、何を言って……まさか、オデット! あなたが吹き込んだのね! 雅人君、聞いて! 駄目よ、そんな同情で決断しては!」
奏さんはオデットさんを睨む。
「雅人君、私が元の世界に帰るための旅をしていたのは、帰るため以外にも理由があったのよ。この世界に残った勇者はね、とても辛いの。だから私は……」
「ああ、それは想像していたよ。魔王を倒した勇者は人気絶大だろうからね。政治的に利用しようとする輩や勝手に疎ましく思って嫌がらせをしてくる連中も出るだろうなって」
「……! そこまで分かって……どうして……」
「俺は旅に出るつもりなんだよ、奏さんみたいに。もちろん、元の世界に帰る方法は探すよ? でも、ちょっとやりたいことが浮かんだんだわ。奏さんたちのおかげで……」
「それは……?」
「いやさ、俺、実はばあちゃん子で、よく言われてたんだよ。“優しさの一歩先”まで行けって。俺はそれが何なのか良く分かってなかったんだけど、奏さんに学んだんだ。ばあちゃんの言ってたことは行動の伴う優しさを持て、っていうことが」
「ちょっと……それなら元の世界でもできるわ! そんなの自分に酔っているだけよ、雅人君」
「そうかも、ね。でもね、変わるなら……今だって思うんだ。俺は明日から、だとか、元の世界に戻ってから、というのはもう、こりごりなんだよ。だから奏さん、俺が変わった証になってくれ! こんな言い方は自分勝手だって分かってるんだけどな」
「ま、雅人君……」
「それにこれで帰っても死んだばあちゃん喜ばないし、何よりも奏さんのばあちゃんはまだ生きていると思う! だから、奏さんはばあちゃんのそばにいてあげなくちゃ駄目だって思うんだ!」
「あ……ああ……」
奏さんがボロボロと涙をこぼし始めた。
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