第76話 決着


 その時、半壊した屋敷の瓦礫が吹き飛んだ。


「来たか……」


 オデットさんが大剣を肩に担ぎなおす。


「よし! じゃあ、マサトの作戦で行くぞ! カナデ! マサトも来い!」


「分かったわ!」


「分かった!」


 俺たちは互いに目を合わせて大きく頷いた。

 瓦礫が吹き飛ぶとその中央からマオが現れる。

各所に傷を負っているが、今、巨躯のマオにとっては確かに致命傷には見えなかった。


「おのれぇぇ! この魔王の俺にぃぃ! 貴様ら全員、殺してくれる!」


 そう叫ぶマオの方に俺は一歩前に出た。


「威勢だけはいいな! マオ!」


「マァサトォ! お前は逃げていたくせにぃぃ!」


 マオが右手を薙ぐとその手から赤黒い光線のような攻撃が広範囲に放たれた。


「のわ!」


 奏さんとオデットさんは上空へ跳躍して難なく躱すが、俺は間一髪で後ろに情けなく転んで避けた。


「あぶねーだろうが!」


「ふざけるなぁ! 俺がお前を殺そうとするのは当然だろう! お前だって俺に紋章を戻して倒すつもりだったんだろうが!」


「まあ、そうだけどね。じゃあ、お互い様だな」


「もう戯言はいい! ここで死ね!」


「おっと! じゃあな!」


 俺はまたしても背を向けて逃げた。


「またしても! 逃すかぁ!」


 マオは猛スピードで俺に向かって来る。

そして俺の背後から指先から出す赤い光線を連発してきた。

 俺はとにかく勘で左右にステップを踏んで逃げ続ける。

 運が良いのか、何とかギリギリで赤い光線を避けることができた。

俺は必死に腰が抜けたような走りで屋敷の裏側へ回り込むために右に曲がる。


「待てぇぇ! 逃げてばかりでそれでも勇者か! お前さえ死ねばそれで終わりだぁ!」


 俺はとにかく逃げて屋敷の裏庭の木々の間を走り続ける。

その間にもマオの光線が俺の至近を走り抜けていき、俺の肩や顔をかすった。


「ぬう! ならば辺り一帯を焼き払ってくれるわ!」


 マオは手のひらをこちらに向けた。

 それを確認した俺はニヤリと笑い、マオに背を向けながら軽く手を上げた。


「む!?」


 するとマオの左右の木々の間から忽然と現れ、上空から奏さんとオデットさんがマオに突っ込んできた。


「いきます! 剣聖技、天撃!」


「喰らえぇぇ! アタシの超剛撃! メテオ!」


「ふん、下らん! さっきと同じくマサトを囮にして俺の大技を放つ際の隙を狙ってたものか! こちらがそれを警戒していないと思ったのか? 剣技は技の発動前ならばどうにでもなるわ!」


 そう言うとマオは全身から烈風を引き起こし、両腕を左右に広げた。


「上空からの攻撃が仇になったな! それでは踏ん張れまい!」


 マオから吹き荒れる竜巻状の上昇気流が上方から攻める、奏さんとオデットさんの体を浮かし、その勢いを減弱させる。


「まずい! カナデ! 技発動直前に機先を制された!」


「ぐう! このままじゃ!」


「フハハ! そのまま、吹き飛べ! 消え失せろぉぉ!」


 さらに勢いを増したマオを中心とした竜巻は、奏さんとオデットさんの体勢を崩し、その空気の激流に巻き込んでいく。


「うわ! こいつ! さっきより強くなってるぞ! どうなってんだ!? この魔王は!?」


「こ、これでは!? 雅人君、逃げてぇぇ!」


 奏さんとオデットさんがついに吹き飛ばされて、王都の夜空彼方に消えていった。


「奏さん、オデットさん!!」


 俺が驚愕しながら、奏さんたちを呆然と見つめてしまう。


「ククク……これで邪魔者は消えたな、マサト。もう頼みの綱はいないぞ? 彼女らが戻ってきたころには、もうお前はこの世にはいない、ということだ」


「クッ!」


 俺は咄嗟に背を向けて逃げようとする。


「その手は喰わん!」


 マオが俺の行動を読んでいたように、指先からの光線を放つ。


「はう!」


 マオの光線は後ろから俺の左肩を貫き、俺はその場に転んでしまった。俺は激痛で顔を歪ませて、後ろを振り返る。

 そこには顔を喜色で歪ませたマオが、ゆっくりと歩いてくる。


「ひっ!」


 俺は近づいてくる死の恐怖から逃れるように必死の形相で這いずり、大木の後ろに隠れた。


「無駄だ……マサト!」


 木の幹越しにマオの言葉が聞こえたと思うと、俺が身を隠した大木がズズズと音をたててゆっくりと、横に滑り倒れた。


「マサト……最後はせめて苦しまずに殺してやる」


「……マオ」


 俺は観念したように血が夥しく流れ出している左肩を押さえながら立ち上がり、近づいてきたマオに体を向けた。


「マサト、これは嘘ではなく、お前との酒は楽しかったぞ?」


「ああ……俺もだ、マオ」


「だが……結局、魔王と勇者は相容れん。紆余曲折はあったが、最後にこうなるのは必然だったのだろう」


「……」


 マオは俺に右の手のひらを向けた。

 それはマオが大出力の魔力を使い、魔法を打ち出すときに度々していた仕草だ。


「マオ、信じてもらえないかもしれんが、俺はお前を殺さずに魔王を消滅させる方法も考えていたんだぜ? 俺はもう一度、お前と飲みたいとも思ってたからな」


「フ……。何だ? この期に及んで命乞いか? マサト」


「いや、事実を言ったんだよ」


「……」


 一瞬だけ、マオは眉を寄せるが、すぐに俺を睨んだ。

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