第74話 魔王戦⑤
俺は今、死闘を繰り広げている元勇者たちと現魔王の戦いを見つめる。
「うん……こりゃあ」
普通に参戦すれば俺は即死だな……。
いや、考えるんだ。何が俺にできるかを。
俺は必死に考える。時間は多くない。
ああ! と俺は頭を振った。
俺はテンパリ屋で追いつめられるといつも失敗するんだ。冷静になれ、雅人。
すると……自分でも不思議なくらいに、現状の把握と自分の持っている選択肢が頭に浮かんでくる。
そうだ、まずは自分の能力はなんだ? 俺の能力は……【紋章の支配者】だ!
その力は……
『紋章持ちの紋章を奪え、またその能力と称号も奪える。方法は紋章持ちから奪うか紋章持ちを殺すこと。自分の紋章に重ねれば完全に自分のものとなり、二度と戻せず、奪われた者はその紋章の保持者としての資格を失う。自分の紋章に重ねなければ所有権を奪うのみで、元の相手に返すことも相性が合えば他人に与えることもできる。紋章は重ねることで成長する』
というもの……。
これで何ができる?
俺は、頭をフルに回転させてマオと戦っている奏さんとオデットさんに集中する。
「……ハッ」
俺は自分の汗ばんだ手を見つめる。
正直、怖い。
こめかみの周りが寒く感じる。
足が勝手に震えてきた。
でも……、
やるしかない!
俺は顔上げて、前を向き覚悟を決めた。
「行くぞ! この戦いを俺が終わらせるんだ。そして、ミアやマッツ、ホルストたち……アンネやマスローさんたちの期待にも応える!」
俺はアンネに渡された剣を抜くと魔王であるマオに向かって走り出した。
◆
この同時刻、ロインジンガー将軍は前方の戦場を確認した。
「よし……ここまででいいだろう。退却する! 退却の銅鑼を!」
「は!」
ロイジンガー将軍は本格的な退却を決断した。
カッセル王国の魔王軍足止め部隊は逃げては遠距離から仕掛け、逃げては遠距離から仕掛けることを数度繰り返し、魔王軍をある程度、引きずり回すことに成功していた。
しかし、魔王軍との距離はその度に、縮まってきており、カッセル軍側にも被害が広がりだしている。
これ以上は個の戦闘力に劣り、数でも劣勢のカッセル軍は組織としてのまとまりがなくなってしまう。
銅鑼が鳴ると、カッセル軍の兵士たちは武器以外の荷物をすべて捨て、身を軽くし、魔王軍に背を向けて全力で移動を開始した。
これを魔王軍ナンバー2であり、この軍勢の指揮官である魔族ヴィネアは顔を怒りで染め上げた。
「また、逃げるか、人間ども! 今度は逃さん! おい、私が出る! お前はとにかくあの煩わしい連中を追いかけろ!」
「え! ヴィネア様、落ち着いてください。魔王様が王都で戦っている様子なのです! いち早く王都へ向かう方が……」
「黙ってろ! この強大な力の波動は魔王様がついに本気を出された証拠だ。それで魔王様が人間にやられるわけはない! 今、我々がこの魔王軍に被害を出したまま、あの人間どもを逃せば、魔王様に叱責を受けよう!」
「ヒッ!」
ヴィネアは戦馬車から立ち上がると、その背中から漆黒の翼が現れる。
「お前たちも出るぞ!」
「「はい! ヴィネア様」」
常にヴィネアの後ろに控えていたヴィネアの直属の部下である2人の妖しくも見目麗しいサキュバスが返事をする。
完全に頭に血を登らせたヴィネアは戦馬車が傾くほど強く蹴り、カッセル王国の足止め部隊に立ち向かった。
「ククク、人間ども、この私の魅力にひれ伏せばよい。男どもはすべて奴隷にし、モンスターの餌にしてくれる!」
馬の上で退却中のロイジンガーのところに部下の悲鳴に近い報告が入る。
「ロイジンガー将軍!」
「どうした!」
「上空から高魔力を発した魔族と思しき3体がこちらに迫ってきています!」
「何だと!? あ、あれは! ……むう、少し怒らせすぎたか。魔王軍の幹部かもしれん。逃げ切れるか?」
「あれではすぐに後続の歩兵に追いつかれます!」
「グッ……!」
「ロイジンガー将軍。ここは私にお任せください。将軍たちはこのまま退却してくだされば結構です」
「ホルスト殿! し、しかし……」
「いえ、あれはおそらく高位魔族です。神に仕える私ならば対抗のしようもあります」
「……そうだとしても、すぐにその後から魔王軍のモンスターたちが押し寄せてくる。それでは」
「私たちも行きます!」
「そうです! ロイジンガー将軍は王のもとへ!」
「ミア殿! マッツ殿! だ、だがそれでは、マサト殿を誰が!?」
「大丈夫です! それはマサトさんが苦戦している場合です。だから大丈夫です」
「それは……?」
「うむ! マサトは必ず魔王を倒してくれるはず! だから、それまで我々、勇者のパーティーが踏ん張れば済むこと! ……だな? ミア殿、ホルスト殿」
「はい!」
「その通りです!」
ロイジンガーは勇者であるマサトの下に集められた勇者の仲間たちの目を見つめた。
ロイジンガーはこの者たちが集められたときに、ホルスト以外のそれぞれの噂は聞いていた。それでは、この者たちは実力は高いのだが何とも扱いづらい人物たちと聞いていたのだ。
それを聞いた時、ロイジンガーは魔法学園も騎士団も戦闘力は凄まじいが扱いづらいこの人材を放り出しただけなのでは? と考え、この国難に何を考えているのか、と腹ただしく思ったものだった。
だが……今は違う。
初撃では勇者のマサトの指示で信じられないほどの戦果をあげた。どうやらマサトはこの二人の人材の力を如何なく発揮させたようだ。
(何ともな……出会ったばかりの勇者殿の方が魔法学園や騎士団よりも、この者たちの力を理解していたのか……。そしてこの者たちの目は……覚悟に満ちている。このような時にこの決断ができるこの者たちは、まさに勇者と言ってよい。では……私も信じよう!)
「……分かった。では頼む! 我々はこのまま右回りに迂回し、魔王軍の背後に回る!」
「え!? それでは将軍!」
「私も信じたくなったのだよ……あの勇者殿を、な。では、行くぞ、もう話し合っている暇はない! 行け! 勇者の下に集められたカッセル王国生まれの勇者たちよ!」
「はい! 暴れまわります!」
「おお! 魔法騎士マッツ、行く!」
「ふふふ……分かりました。あの3体の魔族はお任せください」
ロイジンガー将軍率いる魔王軍足止め部隊に新たな指令が流され、連動し動き始めた。
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