第73話 魔王戦④


 オデットさんが後方にステップを踏み、大剣を上段に構えた。

 その間にもマオは奏さんの超高速攻撃に防御一辺倒のようだった。

 その間隙を縫ってオデットさんが何かを仕掛けようとしているのが分かる。


「アタシの剣は切るばかりではないのさ! ハアァァァ」


 上段に構えているだけのオデットさんが不敵に笑うと、まるで体重が数十倍にでもなったかのように……いきなり地面にオデットさんの足がめり込む。

 な、何だあれは!?

何かのスキルなのか?


「もういいぞ、カナデ! そいつから離れろ! 喰らいな、超重撃の剣圧を! グラビティソードの露となれ、魔王のひよっこ!」


 オデットさんが重戦車のように大地を破壊しながらマオに突進する。

そして一刀足の間合いに入った途端に大剣を振り下ろすとそれだけで剣が唸りを上げた。

またその直前、絶妙なタイミングで奏さんがマオの視界から消える。

息の合った超人たちのコンビネーションは素人目から見ても軽快でもあり、瞬時に標的の命を奪う恐ろしい戦闘術だった。

 奏さんが忽然と消え、マオがハッとしたような表情を見せた。

その刹那、オデットさんの大剣が眼前に迫っているのが視界に入るとマオは咄嗟に両腕をクロスさせて剣を受け止めた。


「グゥゥアァ!!」


「ハッ、馬鹿が! そんなものでアタシの剣を受けきれるものか!」


 マオの腕には何重もの防御障壁が形成されているが、オデットさんは構わずに大剣を叩きこんでいる。体全体が強大化していて、頑強で丸太のようなマオの脚が膝まで地面に沈み込んだ。


「す、すげえ……オデットさん」


 この一瞬の奏さんとオデットさんのコンビネーション攻撃にそんな感想しか出てこない。

 さすがは魔王を倒したことのある人たちだ……。

これじゃあ、マオはどうすることもできないだろう。

うん? マオが、いや、マオの紋章が光って……!?


「ヌウオオオオ!」


「むう! な、何だ!?」


 マオがオデットさんの剣を押し返し始めているようにも見える。


「こ、これは……魔力が増幅して!? オデット、さがって!」


「ハアァァ! どけええ!!」


「何ぃぃ!?」


 突如、マオを押し潰しかけていたオデットさんが、上空に吹き飛ばされた。

 そして、マオがその上空に飛ばされたオデットさんに魔王の紋章がある右手のひらを向ける。


「やらせないわ!」


 危険を察知したように、奏さんがまさに疾風のごとくマオに連撃を繰り出した。


「ぬ、邪魔だぁぁ!」


 マオは奏さんにターゲットを替えて右手を薙ぐと炎が吹き上がり奏さんを包む。

 奏さんが!?

と息を飲んだ時には奏さんはいつの間にか後方に飛んで躱していた。

 何だよ、何だよ、こんなに強いのか、マオは!?

 その後、体勢を整えたオデットさんも戻り、奏さんとともに攻撃を再開するもその戦闘は一進一退という感じだ。


「こ、こいつ! 何なんだ!? どんどん、動きと魔力が強くなって!」


「フハハハ! そうか、この力はこう使うのか! 段々、分かってきたぞ!」


「クッ、この魔王、自分の力に慣れてなかったの!? ううん、それだけじゃない! こいつは今もどんどん成長しているのよ!」


 俺は呆然とこの戦いを見つめている。

 マオと互角に渡り合っているように見えたこの戦闘に変化が出てきているのが分かった。

 素人目で見ても明らかに奏さんたちは苦戦し始めていた。


「マ、マジかよ、だって奏さんたちはすごい強いはず……」


 俺は震えてきた。それは恐怖もあった。

 でもそれだけじゃない。

 それだけではないんだ。

 それはこの状況をただ眺めているだけの自分に向けられている。



 ————俺はここで何をしてるんだ?



 この状況の、この状況を作り上げたのは誰だ?

 そう、全部俺なんだ。

 それで今、戦いをしているのは自分ではない。

 今、目の前で自分自身を善意のみで危険に身を晒しているのは奏さんとオデットさんだ。

 しかも、それだけじゃない。

 この王都の外ではミアやマッツ、ホルストが魔王軍の足止めのために戦っている。

 足止めをするだけといっても魔王軍三万に対して、五千程度の軍勢でこの任に当たっているんだ。それだって一歩間違えればとても危険な戦いだ。

 この魔王であるマオの力を見てみれば、魔王軍の幹部になっている実力者たちはどれだけの力があるのかと考えると、俺は背筋が寒くなる。

 俺は俺のためだけに、ただ元の世界に帰るために、周りに嘘をついて、いい加減なことを言って誤魔化して、それなのに他人に頼って……頼り切って、危険な戦いをさせているんだ。


“……雅人。人に対して感謝したり、憐れんだり、同情することができるだけでも、それは優しい人間だよ。そういう感性があるだけでも立派なんだ。ただ、雅人にはその一歩先の人間になって欲しい。もしそれらを感じる優しい心があるのなら……違うね、そういう優しさを雅人は持っているんだよ。だから、雅人にはそれらを行動で体現する人間になってちょうだいな。それが、ばあちゃんは一番嬉しいんだから!”


 何故か、こんな時に、死んだばあちゃんの言葉が脳裏に浮かんだ。

 俺は今更ながらに考えてしまう。

 今の俺はどうなのか?

 ……今、これで元の世界に帰れたとして胸を張ってばあちゃんの墓前に行けるのか?


「……そうだ。こんなんじゃ駄目だ。俺は外野から眺めて……人の優しさや助けを受けているのに、心で感謝してるだけなのは嫌だ。しかも、今の俺は自分の問題をすべて人に任せている、ただのクズ野郎だ!」


 決めたぞ。

 俺も戦う。

 俺もマオに立ち向かうんだ。


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