第66話 開戦前


 マオはいつものカウンターに座ると、まるで可愛がるようにそのカウンターを撫でる。


「しばしの別れだ。俺の席よ……今日は大いに語り合おうではないか!」


「おーい、お姉さん! 麦酒二つ頼む!」


「は?」


 マオは間抜けな顔で今、突然、横から二つの麦酒を注文した人物にゆっくりと顔を向ける。


「はーい、お兄さん。ちょい待ちぃ、あら今日はお仲間と一緒だ、見つかってよかったね!」


「ああ、良かったよ。ようやく見つけたわ」


 マオは青い顔で横に座った人間の顔を見つめた。


「な! マオ! いや……魔王!!」


「マママ、マサト! あわわ、いや、元気だったか?」


「マオォ、よくもこんなもん擦り付けてくれたな。おかげで俺は大変な目にあったぞ。俺はこの国に召喚された勇者だってのに魔王にもされて……もう属性過多で倒れそうだったわ!」


「えええ!? 召喚って……マサト、お前、勇者って呼ばれてたって言ってたのは……まさか! 本物だったの?」


「ああ! 本物も本物だ! だから、お前に帰しに来たぞ、魔王の紋章と、それから魔王という立場もな!」


「はーい、麦酒お待ち!」


 お姉さんが麦酒を置くと、俺はお姉さんに声をかけた。


「お姉さん、今、王都に避難命令が出てるから、お姉さんも大将も逃げる準備してくれ。ここにいるお客さんにも声をかけてやってね」


「え? 何それ。お客さん、突然」


「実は魔王軍がこの王都に向かっているんだ。ああ、まだすぐには来ないから慌てなくていいよ。王国の人たちの指示に従って逃げるんだ」


「「ええー!」」


 お姉さんが驚くとマオも同じく声を上げる。

 どうやら、やっぱりマオも知らなかったんだな。


「んじゃあ、マオ、紋章を返すぜ」


 俺がそう言うとお姉さんがこの事実を確認に店の外に出て行った。


          ◆


 ロイジンガー将軍は部下の報告を受けて、意図的に明かりをつけていない暗い陣中で呟いた。


「思ったより魔王軍の進軍が早い。このまま放置していれば明け方には到着してたな」


「はい、将軍、敵は進軍速度を上げたようですね。何とか間に合い、作戦の定位置につけて良かったです」


「うむ、明かりはすべて消しておけよ。月明りのみで行動になる。今のうちに兵には同士討ちに気をつけろと伝えろ。初撃以外はすべて、銅鑼の合図のみで動く。もう一度、兵に徹底しておけ」


「は!」


「ロイジンガー将軍! 斥候より魔王軍が王都直轄地に侵入したとの報告です! 一時間前に侵入! ここより30キロメートル地点です。おそらく時間にして一時間半以内に目標地点に到着する模様です」


「うむ、よし! モンスター共はまとまってはいるが、その性格から細かい陣形は組めまい。こちらは地の利を十分に生かす! 行くぞ! 先陣の者たちに馬を飛ばせ! あとは策戦通りに!」


「承知いたしました!」




 起伏のある平原の溝にさらに穴を掘り、身を隠す準備を急ピッチで進めている初撃の奇襲部隊にミア、マッツ、ホルストはいた。


「連絡! 敵は思ったよりも早く進軍しており、約一時間半後には予想進路を通過するもようです!」


 マッツは報告を受けると大きく頷く。


「分かった! よし! みんな一時間以内に作業を終えるぞ! では、ミア殿、ホルスト殿、あとは予定通りに」


「分かりました!」


「はい、私も広範囲浄化術の準備をします。何度も言いますが、この術は一発しかうてません。その後はお任せします。特に最前面にでるミア殿はお気を付けください。……それにしても、マサト殿は大胆なことを考えます。魔導士のミア殿を前に出して、騎士のマッツ殿をその後衛にするとは」


「いえ……ホルストさん。私もマッツさんもマサトさんの話を聞いて、目から鱗でした。自分の進むべき魔導士のあり方を知った気分なんです」


「ああ、ミア殿の言う通りだ。私も頭が固かった……まさか今後の私の騎士としてのあり方まで示すとは思わなかった」


 ミアとマッツ、そしてホルストは出陣前のマサトの言葉を思い出す。





「ミア、マッツ、二人には最も二人の特徴を活かした戦い方を伝えておくわ。作戦もね」


「特徴を活かした?」


「それはどういうことだ? マサト」


「そうだな……まずはミアだが、ミアは魔法を目標に飛ばしても、中々、破壊できなかったり倒せなかったろ? もういい加減、その理由は分かるな?」


「いえ……すみません、何故なのか、本当に分からなくて悩んでいました。マサトさんには分かるんですか?」


「ブッ!」


「ブ? 何でコケてるんですか? マサトさん」


「い、いや、何でもない。ああ……もう分かった! ……もう何でもいいや。ミア! 今からその理由を俺が教えてやる!」


「本当ですか!?」


「ミア、オーガと戦った時のことを覚えてるか? オーガは魔法を受けた時には倒れなかったが、そのあとのミアの豪拳……じゃなくて、えーと、そのか弱い拳で倒されただろ? 肉塊になるくらいに」


「はい、そうでした……何故なんでしょうか?」


「それはな、ミアは放出系の魔法使いじゃなくて、相手の体に直接、魔力を送り込む新しいタイプの魔法使いだったんだよ」


「え!? 放出系じゃない……直接、魔力を送り込む魔法使い?」


「そうだ。ミアは相手に触れなければ、ミアの持つ膨大な筋力……じゃなくて魔力を活かせなかったんだ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る