第64話 真の勇者


「よし! じゃあ行くか」


 俺は一旦、王宮内の自室に戻り、アンネに用意してもらったサンドイッチを食べた。

 アンネは深刻そうな顔で俺を見つめている。


「マサト様……これを」


 アンネが俺に剣を差し出した。

 どうやら、勇者用に用意してもらっていたものらしく、鞘には立派な装飾品がなされている。


「あ、うん、ありがとう。アンネも早く脱出の準備してね」


 俺は受け取り腰につけると、アンネにそう声をかけた。


「マサト様……」


「うん?」


「どうか……ご無事で」


「あはは、大丈夫! 必ず魔王倒してくるから、アンネは心配しないで」


 俺はこの上なく心配そうにしているアンネに驚き、できるだけ明るい声で応対した。

 色々とさっきの会議で俺が適当なことをたくさん吹いたから、真面目で優しいアンネにとっては心に引っかかるように伝わってしまったのかもしれない。

 やることはマオに紋章返して、倒すだけなんだけど。

 しかも、奏さんやオデットさん頼みで。

 アンネが目を潤ませている姿を見ると胸が痛い、俺の良心が……!


「アンネ、俺には心強い仲間がいるから! じゃあアンネ、行ってくる。青影君、案内して!」


 そう言うと青影君がうんうんと頷き、俺はこの場から逃げ出すように部屋を後にした。


「マサト様は……自分が倒れた時のことも考えていたんですね。勇者様……」


 部屋に残ったアンネは跪き、マサトの無事を女神フリッグに祈った。


         ◆


「よーし! 足止め部隊は予定通りの場所へ展開するぞ、急げ!」


「は!」


 ロイジンガー将軍は部下たちに命令を下すと、王都に向かって来る魔王軍の足止め部隊五千はその移動速度を上げた。


「ロイジンガー将軍! 私たちはマサトさんに言われた通りに奇襲の一撃目を担当しますので、先に行きます」


「うむ! ミア殿そうしてくれ」


 ミアはマッツの駆る馬に乗りながらロイジンガーに報告すると、心なしか寂しげな表情をする。


「……本当はマサトさんと魔王に対峙したかったですが」


「ミア殿……勇者殿の考えを汲んでやれ。あの若いのは、どうやらわしらよりも先を見ているのだ。それでいて、どれも理にかなっているのだから小憎らしいことよ」


「でも……その考えはマサトさんの負担が考慮されていません。この作戦だって……マサトさんは口にこそ出しませんでしたが、万が一に自分が倒れたあとのことも考えてのものです」


 ミアは自分たち……カッセル王国で選抜された勇者の仲間である自分たちにマサトが足止め部隊へ参加するように言ってきたことを思い出す。


         ◆



「ミア、マッツ、ホルスト」


「はい!」

「おう、マサト」

「はい、マサト殿」


「お前たちはロイジンガー将軍と一緒に魔王軍の足止めを頼む!」


「え!?」

「おい、マサト!」

「それは……」


「あ、勘違いしないでくれ。これはお前たちに楽をさせるつもりで言ってるんじゃないよ。むしろ、その逆だ。なんてたって迫ってきている魔王軍は3万だぞ? これを足止めする事自体がどれだけ大変なことか分かるだろ?」


「……」


「俺たちは出自は違うし、生まれた世界すら違う。だけど魔王を倒してこの国を救うということで集まったはずだ。まあ、正確に言うと集められたかな?」


 マサトは苦笑い。


「いいか? 俺たちは魔王を倒すために集められたけど、本来の目的はそれじゃない。魔王を倒した先にある、平和と安寧をこの国に……この国に住む人たちに取り戻すことが本当の目的なんだ。だから……魔王軍の足止めが俺たちにとってどれだけ重要で本質的な任務であることは分かるだろ? これは勇者としての命令だと思ってほしい。ミア、マッツ、ホルスト、魔王軍を足止めして住民の避難の時間を稼ぐんだ。そして、俺が魔王を倒す時間も!」


「「「……!」」」


「ロイジンガー将軍。足止め部隊の指揮官に伝えてくれ。魔王がこの王都にいる限り、奴らは強引にでもここを目指すはずだ。つまり、足止めを食えば必ず奴らは焦り、強硬策、もしくは部隊を分ける可能性がある。でもそれはチャンスだ。その心理をついて正面からはぶつからずに嫌がらせに終始してくれ。もし部隊を分けたのなら、本隊はまっすぐこの王都への道を選ぶ。初撃に最大火力の攻撃、その後は側面から執拗に遠距離攻撃に終始してくれ。敵がこちらに向かって来たら、王都と違う方向に退却して引きずり回す。敵が部隊を分けようとした時は、王都への最短距離の道筋に打撃力の高い部隊を潜伏させて、この本隊に奇襲をかけるんだ。目的は足止めだ、忘れないでくれ、決して正面からはぶつからないように」


「……ぬう」


「それでうまく敵を混乱させたら……退却だ。すぐに集合場所である副都エルネストに向かうんだ。細かい指揮は、俺には分からないからプロのそちらに任せる。足止め部隊も貴重な戦力だから、なるべく無理はしないことを厳命してくれ。なぜなら魔王軍と戦った経験は、もし再び戦うときの作戦立案の貴重な情報源になる。だから、生き残ることがカッセル王国のためになると全員に伝えて」


「承知した。では……わしが直接、指揮をしよう。だが、約束しろ、勇者殿」


「うん?」


「必ず魔王を倒す、と。いや、魔王を倒すときはいついかなる時も、勇者殿であると!」


「……」


 マサトはロイジンガー将軍の目を見る。


「……分かった。約束するよ、ロイジンガー将軍」


 こうしてすぐに、ロイジンガー将軍とミア、マッツ、ホルストは一足先に王都を出立した。




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