第63話 出陣⑤
「これが一番、一般市民に被害が出ないからだ」
「!」
「それともう一つ理由がある……。むしろ、これが重要だ」
「マサト殿、それは……?」
マスローさんが目を細めると俺は息を吸い、より芯のある声を演出する。
「この時こそが魔王を倒すチャンスだからだ。今から魔王に奇襲をかけられる絶好の機会だ。それ故に兵士を動かせば、魔王に察知される。市民を避難させる前に王都内が混乱する。だから行くのは少数精鋭がいい。そして、言ったでしょう? 今、俺にはその最精鋭がいるんだよ。魔王を倒した経験のあるオワーズの勇者が……」
会議室内はしばらくの沈黙に包まれた。
「それに俺はね、自己犠牲よろしく、格好をつけて言っているわけではないんだよ。実際、邪魔なんだ、一般市民は。魔王と戦うときにね……。つまり、二段構えでいくんだ。兵は温存しつつ市民も避難。そして、魔王が独りでいるこの好機を俺とオワーズの勇者コンビで仕掛ける……。もし、失敗しても被害は最小限、でも成功すれば……リターンはマックスだ!」
ロイジンガー将軍は目を広げて俺の顔を正視した。
「自分の命をかけて被害は最小限と言うか。勇者殿は……」
俺はここが山場と考え、多少演技がかった感じではあるけど、フッと笑った。
「みんなに改めて提案するよ。今こそが魔王を倒す千載一遇のチャンスと俺は考える。これが一番、被害が少なく、魔王を討ちとる方法だ。だから、みんな決断してくれ! 俺はカッセル王国の勇者として必ず魔王を倒す!」
この俺の提案が受け入れるまで大した時間はかからなかった。
◆
——ヘルムート・ファイアージンガーは伝説の魔導士である。
王都に近づいてくる魔王軍への対応という国家の存亡にもかかわる重要な会議が行われている時、カッセルに招かれた伝説の魔導士ヘルムート・ファイアージンガーは王宮の中庭にあるお気に入りのスポットで夕焼けを眺めている。
このニヘラニヘラと笑っている魔導士が何故、伝説と言われているのか?
それはこの世界の各所にある英雄譚や言い伝えにその名前が出てくるのだ。
もし仮にそれらが伝わる通りの事実であったならばその年齢は人間の有する寿命とはかけ離れている。普通ならばそれこそ伝説の人物として語られ、その存在の可否についても議論があったかもしれない。
だが、ヘルムート・ファイアージンガーの名は現在に至っても消えることはなかった。
何故なら、この人物は一度も隠遁も隠居もせず、常に公然と一般市民とともに生活を続けていたのだ。そのため、ヘルムート・ファイアージンガーはその存在を誰にも疑われずに今に至っている。
ただ、彼と出会った人間は疑うものは多い。
それはその存在がどうか? というものではない。
入れ替わり説やその名を継承しているだけという説も確かにあった。それだけの時が過ぎている。
だが、そんなことよりも……、
疑うのは英雄譚や言い伝えに残るような実績にこの人物が本当に関わったのか? ということだった。
「面白いの~、やっぱり面白い勇者じゃ。思わず皆に付与された力を隠してしもうた。今の勇者には都合が悪くなりそうだしの~」
赤やけた空を見上げてヘルムートは締まりのない顔でニンマリ笑う。
そして、その懐には疑似勇者召喚によってマサトの能力が浮き出てきた巻物を取り出して嬉しそうにする。これはリンデマンに渡した巻物とは別のものだった。
勇者に付与された能力の詳細は、その召喚を主幹した魔導士の能力に応じて浮き出てくる情報量は増えると言われている。
その巻物に浮き出てきた文字は……、
【紋章の支配者】
紋章持ちの紋章を奪え、またその能力と称号も奪える。方法は紋章持ちから奪うか紋章持ちを殺すこと。また、自分の勇者の紋章に重ねれば完全に自分のものとなり、二度と戻せず、奪われた者はその紋章の保持者としての資格を失う。そして相性が合えば他人に与えることもできる。紋章は重ねることで成長する。
「ほうほう……こんな能力は初めて見るのぉ。初代勇者も顔負けじゃ。懐かしいのう、初代勇者、初代魔王を思い出すわい」
そして、ヘルムートはそれに並んでいる他の能力にも目を移す。
【戦略、戦術士】
現状把握能力超上昇。企画立案能力超上昇。
「ほうほう、良いの、良いの」
【強運】
運気超上昇
【人たらし】
元々、素養のあった者のみに発動。人間的に成長するとさらに強化される。
【稀代のペテン師】
嘘、演技力、説得力、正当化能力超上昇。他スキル「人たらし」と連携可能(人間的魅力、魅力的行動、魅力的決断を下すとき説得力が増す)
「面白いの、面白いの。勇者らしくないの。このペテン師というところが、また良いの」
ヘルムートがそれは楽し気に呟いていると、背後からヘルムートお付きのメイドが現れる。ヘルムートは振り返るとニカッと笑う。
「おお、娘さん、昼飯はまだかのぉ~」
「ヘルムート様、昼食は取られましたでしょう? それにもうすぐ、夕食のお時間です」
あきれ果てたメイドに対し、ヘルムートは皺の深い顔をさらにしわくちゃにし、「おお、そうであったか」と言うとメイドに促され、自室に帰っていった。
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