第60話 出陣②
「マサト殿……すまない。こちらも手を尽くしたのだがマサト殿の勇者としての力がまったく分からんのだよ」
「あ……マスローさん、そう言えば疑似召喚で俺の能力を調べるって言ってたんじゃ?」
「……実は調べました。今朝、ヘルムート・ファイアージンガー殿に開発をお願いした疑似召喚で……」
「え!? じゃあ、失敗したんですか?」
「いいや、まだ実験段階としては成功したと言っていいです。ですが、まだ開発段階のせいか、能力の名称が一つだけしか巻物に浮き出てこなかったのじゃ。過去に召喚された勇者たちで、付与された能力が一つだけというのはない。普通は五個から十個程度の能力がつくのです」
「ふん! 元々、一つだけなんじゃないのか? 失敗召喚だったとお認めになればよろしかろう! マスロー宰相閣下。もう、宮中ではその噂で持ちきりですぞ? 役にも立たない勇者を呼び込んだ、とな」
そう言葉を発したのは、さっき俺を睨んでいた将軍だ。
ずいぶんと荒れている。この王国の危機を目前にして、本音を隠せなくなっているんだろう。まあ、言っていることはさほど間違えていない可能性が高いけどな。
でもな……勝手に呼んでおいてその言い草はないんじゃないか?
俺はその将軍に目を向けると、
「ロイジンガー将軍、お言葉がすぎるのではないでしょうか? 魔王の顕現が確認される前からマスロー宰相閣下は我が国に勇者召喚の術が失われていたのを憂いていました。それで召喚術の復活をしていたところに、くしくも魔王が現れたのです。もし、マスロー閣下が動いていなければ、勇者の召喚すらかなわなかったのです。それでは他国の物笑いの種になっておりましたでしょう。そして、そのおかげで、今、勇者であるマサト殿がここにおられるのです」
カルメンさんが、ロイジンガーという将軍に抑揚のない冷静な口調で間に入った。
「……フン!」
ロイジンガー将軍は忌々しそうに顔を背けた。
おお、カルメンさん……すごいな。
俺が余計なことを言うのを事前に抑えながら、マスローさんと俺を擁護したよ。
あ、そうだ、それよもさっきの疑似召喚の話で気になることを言ったな、マスローさん。
「マスローさん、その一つだけ浮き出てきた俺の能力って何だったんだ?」
「実は分かりません」
「は?」
「あ、浮き出てきた能力の名前は分かります。ただ、その能力の内容が分からないのです。現在、我が国で調べられるだけ調べても、マサト殿のスキルの名前はどこにも載っていませんでした。伝説の魔導士ヘルムート・ファイアージンガー殿にも聞き覚えがないと……」
あの爺さんは聞いてたとしても忘れてそうだけどな……。
「それで、その能力名は?」
「はい、それは……『紋章の支配者』と浮き出てきました」
「紋章の支配者……?」
俺はこれを聞き、何となくは分かる。偶然、自分の力を発見したからね。でも、俺が分かっているのは、紋章をはがせて、自分に貼ることができる。それでその紋章の持ち主の力を手に入れられるぐらいか。
「はい……意味深な能力名です。マサト殿はご存知ないと思いますが、この世界では一部、紋章を持つ者たちがいます。厳しい修練の果てにその道の奥義を手に入れた者たちに紋章が浮き上がることは知られています。また、それは人間に限ったものではありません。魔王を筆頭に伝説級のモンスターにも紋章なるものが確認されたこともあるのです。おそらく、マサト殿の能力はその紋章に何かしら関わっているのではないかとは思うんですが……今のところ、その発動条件も、細かいその性能もまったく分かりません」
「……」
紋章を持っているのは、魔王や勇者だけじゃないのか……。
支配者……確かに意味深な感じだな。俺が知っている他にも、能力があるのか?
「大層な能力名だが、どんな能力かも分からず、本人がそれを使えないのではないのも同然だ。もう、勇者に頼っている場合ではない、王都を捨てカッセル王国全軍を集結させたのちに、決戦を挑むほかなかろう」
また、ロイジンガー将軍が吠える。
ただ、ロイジンガー将軍の言っていることも、別に間違いではない。現状を考えれば、当たっている点もあるし、作戦としては十分にあり得る。王都の市民には多大な被害が出るかもしれないが、国が亡ぶかもしれない状況であれば、国家の上層部はそう考えることも分かる。
でも……納得は出来ない。
これが物語や歴史小説の中であれば、俺も普通に受け入れていくだろうよ。けど、今は俺はこの世界の人間でもあるんだ。一般市民が……この街の飲み屋街しか知らないけど、あそこにいる人たちが被害に合うのを知っていて逃げ出したくはない。
しかも無理やり呼ばれたけど俺は勇者でもある。魔王でもあるけど。
やっぱり場合によっては、魔王軍に突入して俺が魔王だって言ってみることもしなくてはならないと思う。
あとのことはもう出たとこ勝負だ。とにかくみんなを守るために行動を起こさなくちゃならない。
「マスローさん。一つ聞くけど、もし魔王を倒したら魔王軍はどうなる?」
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