第59話 出陣


「うわ、この子たちは? え? 影丸の娘と息子? この子たちが連絡役になる?」


 影丸が頷く。


「大丈夫なのか? まだ、小さいけど……問題ない? 名前はスミレちゃんと青影(あおかげ)君というのか。なんだか名前のセンスが日本ぽいな。うん、うん、分かった。じゃあ、頼む! すぐに連絡をくれな。動きがあったらすぐに駆け付けるから。それと奏さんたちにも連絡をつけておいてくれ」


 影丸は大きく頷くと、スミレちゃんと青影君はにっこり笑ってスッと消えた。

 なんだか……凄いな、影の里の人たちって。


「これでいいか? ミア。あとはタイミングを見計らってオワーズの人たちにも協力してもらって仕掛けるから」


「……はい。でも行くときは必ず声をかけてくださいね、マサトさん。絶対、単独で動かないで下さい」


 ミアがちょっと睨むように言ってくるので、俺も内心、ヒヤッとしつつも頷く。


「わ、分かった。それとみんな、このことはまだマスローさんたちに伝えないでくれるか? 今、伝えれば色々と台無しになる可能性があるから。ここは俺に預けて欲しい」


「分かりました、マサトさん」


「……分かった。マサト」


「はい……確かに今伝えれば、王宮内が混乱の極致になるでしょうしね。すでに、今も混乱しているでしょうから。下手な動きで魔王を取り逃がさないようにするべきでしょう。王宮内から情報が洩れれば、市民たちも大騒ぎになりますから」


 俺はすぐにでもマオのところに行きたい気持ちを無理やり抑え込み、王宮に向かうことにした。


「おお、ようやく来られましたか!」


 俺やミアたちは王宮に着くとすぐに会議室へ案内され、促された席に着席した。

 会議室内ではカルメンさんやリンデンマンさん、そしてマスローさんの他にも王国の重鎮らしき人たちが集まっていた。


「マサト殿たちも状況は聞いておられますな?」


「あ、ああ」


 マスローさんがこの上なく真剣な顔で頷くとカルメンさんに目で合図を送る。


「では、会議を進行していきます。魔王軍ですが、報告によるとその総数は三万、その陣容は完全には分かりませんが、魔族や魔獣、妖魔の混成部隊です。中にはハイオーガやキマイラなどの相当な上位のモンスターも散見されているとのことでした。その魔王軍が今、近隣の村や町に目もくれず一直線にこの王都に向かっています」


「さ、三万……こちらの兵力はどうなんだ? カルメンさん」


「現在の王国の動員した兵力は二万五千。騎士団三千を中心に魔導士五百人を擁しています。また、教導都市セントフリッジにあるフリッグ教会総本山からも現在、プリーストたちが派遣されてくる予定ですが、魔王軍が明日の午前中にはこちらに姿を現すとなると、タイミング的にはギリギリですね」


「……カルメンさん、状況を俺に分かりやすく説明してくれ。それは簡潔に言えば勝算はどうなんだ?」


 俺にはまだこの世界の地理も敵味方の戦力も良く分からない。数でこちらが不利なのは分かるが、それぞれの個の力の強弱や魔王軍の実力もピンとこないのだ。


「分かりました。簡単に言いますと……カッセル王国は滅亡の危機となります」


「な!」


「いえ、今のはなんの策も講じずに、このままこの王都で決戦をした場合です。魔王軍の三万が全軍と考えれば、本来はそこまでの実力差があったわけではないのです。これはこちらの準備不足が響いているのが大きいです。我々も魔王軍がこんなに早く、組織だって、しかも王都を直接狙ってくるとは考えていませんでした。そのため、明日までに他の都市に駐留する王国兵が駆けつけるのは難しいのです」


「……」


 騎士団長らしき人物や豪奢な軍服を着ている将軍らしき人たちは腕を組み眉間に皺をよせている。その重苦しい空気だけで俺にも現状の厳しさが伝わってきた。

 なんてこった……。


「それで勇者殿、勇者殿の意見を聞きたい。勇者殿はこの状況でどうお考えか? このまま戦うか……または」


「え? 戦う以外の選択肢なんてあるのか?」


「現状は圧倒的不利なんです。場合によっては王都を捨てて他の都市で王国の全軍を集結させ、その上で決戦を挑むという手だってあります。もちろん、苦渋の選択ではありますが……」


 その場合、王都の市民たちはどうなる? と聞こうとして俺は口を閉ざした。マスローさんを始めとした全員の表情がその問いに答えている。

 すると一人の目の鋭い将軍らしき人物が俺を睨んだ。


「今、すでに国王陛下の安全を確保するため、この王都からは脱出してもらうため準備している! 今話し合っているのは、その後の我々の行動だ。しかし、頼りの勇者殿の力も分からん状況では……我々、王国軍も……無駄に命を散らすわけにはいかんのだ!」


 なるほど……ね。

 この圧倒的に不利な状況でも魔王を討つための作戦があるのであれば戦うことに意味も見いだせる。

 でも、勇者である俺が今のところ何の役に立つのかも分からない状況。今のままじゃ、ただの魔王探知機だ。

 ところが魔王軍が全軍で動いたということは、その中に魔王がいるのは当たり前。もう役にも立たない探知機なんぞいらないわな。

 それでいて……今は俺が魔王だしな。

 あ、また、胃が痛くなってきた。

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