第57話 マッツの情報


 全員、改めてテーブルで向き合う。

 その中で妙にマッツが悩みぬくような……そわそわするような、不自然な汗を流している。

 なんだ?

 まあ……いいか。

 俺はとにかく切り出した。


「じゃあ、みんな得られた情報教えて」


「あ、マサト……」


「なんだ? マッツ」


「いや、それがだな……この魔王なんだが……私もまさか魔王と思ってなくてだな」


「なんだよ、はっきり言えよ、事は緊急を要するんだぞ」


「それが……」


「ああ、もう! 分かった、たいした情報が得られなかったんだろ? 別にそれならそれでいいよ。じゃあ、まずはミアから」


 マッツは「あ……」と気まずそうに、またモジモジしているので、俺はミアに顔を向ける。


「はい、私は飲み屋街を中心に聞き込みをしたんですが、大事なことが分かりました」


「おお、それは?」


「この魔王は、しょっちゅう、この飲み屋街に来ているみたいです。お店の人に聞くとほとんどの人が見たことがあると言ってました。それで、現れたのは半年ほど前からだ、と言ってました。ひょっとしたら、この魔王は自ら熱心にこちらを調べていたのかもしれません。酒場を中心に来ていたのも、情報収集に最適だったからかもですね


「……」


 ほほう。

 俺が捜索した時もそういった情報はあったが、ここまでじゃなかった。聞き込みをした場所が少々ずれていたのかもしれない。

 マオの行動範囲と時間は相当、限定されていたんだな。

 つまり……飲み屋街がメインで、ほとんどそこだけってことだ。

 まったく何やってんだ? あの魔王は。

 そんなにストレスが溜まってたのか。


「ホルストは?」


「はい、私はマッツと歓楽街にまで足を伸ばしましたが、同じような情報を得ました。どうやら、娼婦たちの間でも知られているようでした。想像ですが、お金を積んで彼女たちからも情報を集めていたのでしょう。魔王は随分と馴染んでいたようで、羽振りも良いことから中々の人気でした。そう考えるとこの魔王は相当に頭が切れるといえるかもしれません。やり口が巧妙ですね。立場の弱い彼女たちを利用するなど……罪深いことです」


「……」


 飲み屋のお姉さんに聞いてはいたけど、そんなに派手にやっていたとは……。

 マオ……お前、魔王のくせに、女遊びを……魔王って、人間の女性が好きなのか?

 とにかく、マオの情報は飲み屋街と歓楽街に集中しているようだ。

 そして、その後も聞いていけば、出るわ出るわ、マオの情報が。

 こんなに周りに認知されてるって、お忍びという言葉を知らんのか、あの魔王は。


「いや、分かった! もういい。とりあえず、行動範囲はこの辺に……というより、この辺にしか現れないということだ」


 俺は地図の上から指し示す。


「問題は……どこに潜んでいるかだ。それと今もこの街にいるのか? ということだな。俺の情報によると、どこかに家を借りているらしいんだ。おそらく、この王都に来た時の拠点にしているんだろう。今の話を聞けば、この辺の近くなのは間違いない。その情報提供者は調べておいてくれるって言ってもらったんだが、できれば急ぎたいんだよ」


「え!? そうなんですか? マサトさん、すごいです。もし、まだいるならそすぐに見つけられそうでうすね!」


「いや……今も言ったが、最大の懸念はもうこの街にいるかどうか、って言うことなんだよ。この街から離れてしまわれると、打つ手がない」


「……そうですね。魔王軍が動いたとなると、連絡を取っている、もしくは既に合流している線が濃いです。マサト殿……どうされますか?」


「……うん、この街から消えている可能性だな」


 それは本当だが魔王軍と連絡はまず取っていないだろう。合流もあり得ない。

 今はもう魔王じゃなくなってるからな。


「……マサト」


 というか、魔王軍がこちらに向かっていることすら、マオは知らないかもしれない。

 やっぱりそれよりも、俺に魔王を擦り付けた時点で、この街を離れた可能性の方が問題だ。

 俺だったら、誰からも見つからないように逃げ出すことも考えるし。

 もし、そうだったら、もうほとんどお手上げだ。

 顔しか分からない奴をこの知らない世界で探すなんてことは無理だぞ。ましてや、どこかの町じゃなくて、荒野やどこかの山奥に逃げ込まれれば、探す手立てなんてない。


「あ、あの、マサト?」


 あああ……そうだったら本当にどうしよう。

 こうなりゃ、俺が先に魔王軍に合流して「俺が新しい魔王だ、とりあえず帰れ」って命令するか?

 でも、それで言うことを聞く連中なのか? 魔王のはずだったマオが部下が暴走気味で困っているみたいなこと言ってたし……。

 しかも、そうしたとして俺が魔王ってことが王国のみんなにバレるかもしれない。


「マサト!」


 ……いや、最後はそれしかないな。

 こうしている間にも、もし誰かが被害に会ったら問題だ。今日、この後に飲み屋のお姉さんを急がせて、借りている家を聞き出しギリギリまでマオを探す。

 それで無理なら、俺も腹をくくる!


「おい、マサト!」


「うわ! 何だよ、マッツ」


「わ、私も伝えなければならない情報が……」


「あん? 何? マッツも何か情報を掴んだのか?」


「あ、いや、それが……この魔王なんだが」


「もう、さっきからそのはっきりしない態度は何なんだよ、こっちはそれどころじゃ……」


「……ええい、分かった! 今は国家の一大事だ! もう私の体裁など! 実は……」


 マッツは意を決したように、前のめりになる。


「私はこの人物……いや魔王を知っているんだ! いや、知っているというより、実際、ある場所で見たことがある」

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