第54話 急変


「そんなことがあったんですね……まさか、帰還しなかった勇者がいて、しかも、マサトさんの力になってくれるなんて……」


「あ、ああ、本当に偶然の出会いだったんだけどな」


 俺は今、仕方なく先ほどオデットさんといた茶屋で、奏さんたちのことをミアたちに伝えていた。

 いや、そうでもしなければ、俺がサボってたと怒って大変だっただよ。

 女性とお茶をしていた! って。

 もちろん、俺の状況等までは話としてはぶかせてもらったが。


「むむう、私もオワーズの勇者がこの街にいるとは驚いた……」


「マサト殿、それで先ほどの女性は何というお名前ですか? まさかとは思いますが……オワーズの勇者の仲間に選ばれた女性といえば、一人しか思いつかないのですが」


「え? ホルストは知ってるのか? オデットさんを?」


「「えーー!!」」


「のわ! いきなり大きな声出すなよ、吃驚するだろう!」


 ミアとマッツが顎が外れるぐらい大きく口を開けている。


「だ、だって、マサトさん、それって……」


「何? そんなに有名な人なの?」


「やはり……。マサト殿、おそらく彼女はオワーズで名を馳せた冒険者オデット・カーバノイレーゼです。オワーズでは最強の戦士という呼び声も高い人物で、大陸でも有名な女傑ですよ。数々の英雄譚を現在進行形で作り続けていると言われており、その二つ名は……『獅子奮迅』」


「獅子奮迅? いくら強いからって女性にそんな二つ名って……」


「いえ、私も聞いたところでしか知りませんが、その二つ名は、まず彼女自身の性格……そして、戦闘スタイルがそう言わしめた、と言われております。モンスターの群れの中を縦横無尽に暴れまわり、その豪快な剣は一太刀で数十の中級モンスターを薙ぎ払ったと聞いております」


「マ、マジか……それ」


 強さの次元が違う。

 それが本当なら、人間じゃねーぞ。

 じゃあ、飲み屋では、その気になれば簡単に俺なんか……。


「私もそれを聞いたことがあります。でも、あんなに綺麗な人だったとは意外でした。噂から想像して、巨体の女性かと思ってましたー」


「ですが、その『獅子奮迅』とオワーズの元勇者が助太刀してくれるのであれば、カッセルにとってもこんなに心強いことはありません。マサト殿は良い運気を持っておられる。それも、もしかすれば、勇者の力のなせるものかもしれません」


「いや、偶然だよ、偶然」


 いや……偶然ではないのか。

 奏さんたちは元の世界に帰れる方法を探して、この勇者召喚がされたこの国に……俺に会いに来たんだし。


「まあ、その話は後だ。それでみんなの成果を聞きたいんだけど、どう? 何か情報は手に入った?」


 俺がそう言うと、ミアたち三人は頷いた。

 おお、ちょっと期待できるかな?


「よし、じゃあ情報を分析……いや、その前にして欲しいことがあるな」


「え? 何です? マサトさん」


「ああ、とりあえず……」


 俺はゆっくりと三人を見渡した。


「それさ……もう着替えない?」


 俺はあまりに怪しい風体のこの三人のせいで、店の中の客に異常に注目を浴びているのに耐えられなくなった。


                ◆


「じゃあ、得られた情報を一人ずつ頼む」


 全員を着替えさせて、俺もちょっと落ち着いた。

 テーブルの上には、影丸にもらった王都の地図を広げる。


「あ、そうだ、影丸も同席してもらわなきゃ。影丸いる?」


 するとスッと影丸が現れる。


「きゃっ! びっくりしました」


「おお、影の里の者だな、マサトにもつけられたんだな。本来は王族と一部の有力な門地のものにしか、専属はつけられないんだが」


「ああ、マスローさんにつけてもらった。すごい優秀なんだよ、影丸は」


「~~~~」


「え? 何、影丸。緊急事態? ついさっき報告があって、すぐに王宮に戻ってきて欲しい? おいおい、何があったんだ?」


 俺が驚いていると、ミアが首を傾げる。


「影丸さんの声は私には聞こえないですー。よくマサトさんは聞き取れてますね」


「ああ、ミア。騎士団で聞いたことがあるのだが、影の里の者は主にしか聞こえないように話すスキルを持っているらしいぞ。特殊な訓練で肺と喉を鍛えているしい」


「うわぁ、すごいです」


 俺は影丸の報告に目を大きくする。


「え!? 魔王軍が動き出した!? 大軍でこちらに向かっている!?」


「えーー!? 本当ですか!? マサトさん」


「なんと!」


「……まさか、こちらから行く前に、向こうから動くとは……」


「~~~~」


「わ、分かった! すぐに戻る」


 俺は少々、混乱気味に答える。

 俺にとっても予想外なことだ。というより、まったく想定していなかった。

 だって、今の魔王は俺だ。

 マオはもう魔王じゃないし、あの時の嫌がり様を考えれば、魔王軍に合流することはあり得ないと思う。それこそ、マオだって自分より強いって言ってた元部下に会うなんてことはしないだろう。

 どんな奴らかは知らないが、モンスターの集まりっていうからには、残虐な連中だろう。魔王でなくなったマオにしてみれば、怖いだけだ。

 でも……そう考えれば魔王の命令なしに、魔王軍は動いたことになる。

 一体、何が起こってるんだ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る