第53話 女勇者③
ただ、俺は大学に入ってすぐに突然、ばあちゃんが亡くなったそのあと、実は今更ながら真剣に勉強に取り組んでいた。
亡くなった両親やばあちゃんに天国にいてまで心配はさせまいと、決めたからな。
俺は、ばあちゃんが残してくれたお金にはなるべく手をつけないで、バイトで稼いだお金でやりくりをしてきた。それで卒業後はもっと上位の大学の経営学修士をとろうと考えるようになっていたから。
そのせいで女の子との出会いはほぼなかったけど、心のどこかでそれは仕方ないと思っていた。
この世界に来る直前に唯一、紹介してもらった七瀬祥子ちゃんに振られたと分かった時、ジタバタしたけど、実は内心、今の俺ではそんなもん、っていう気持ちの方が大きかった。
だって、顔も大したことないのに自分の中身を鍛えてこなかったんだ、そりゃそうだろう。
だから俺は、鍛えなければならない、自分自身を。
彼女を作るためじゃないよ? それはあくまで結果論。
まずは主体的に自分一人で生きていける実力と強さ……そして生活力を身につけなくてはならない。
そういえばばあちゃんによく言われていたな、“実のある人間力”を身につけなさいって。
「マサト……その答えはどうしても変わらないか……?」
オデットさんは力なく暗い表情で、俺に問いかけてくる。
「……ごめん、オデットさん。……でも俺にも元の世界に戻って、自分の成長した姿を見せたい人たちがいるんだよ。俺が迷惑しかけてこなかった……それでいて心配しかけてこなかっただろう人たちに、俺自身が変わった姿を見せなきゃ駄目なんだ。奏さんのことを考えると心苦しいんだけど……これは、今の俺の人生の目標でもあるんだよ」
それはあまりに遅すぎるお返しでしかないのは分かっている。
その見せたい人たちが既にもうこの世にいないと聞いたらオデットさんは怒るかもしれない。
でも違うんだ。
俺自身が、見せなくちゃ駄目だと……そして、両親もばあちゃんも見てくれているはずだと信じているんだから。
「そうか……。いや、そうだな、マサトにはマサトの抱えるものがある。聞けば、召喚された勇者たちはそれぞれに、抱える葛藤があったと伝承されている。それは同じ勇者であるお前にとっても同じことだったな……。すまない、無理を言った」
「……そんな。正直に言うと、俺は奏さんのそんな経緯があるとはまったく知らないで、帰る方法を探す旅までしているなら、何で帰れるときに帰らなかったのかって思ってしまっていたんだ。でも……今は胸が痛い。そんなことを言っても、何もしてやれないのに」
「……それはお前が気にするな。アタシが頼んでおいて言うのもおかしいが、それもカナデの選択だったことも間違いはないんだからな。それはカナデもよく分かっている。そうだな、カナデが帰れる方法を探す旅を続けるか! こちらに呼ぶ術があるんだ、元の世界に帰す術も存在するはずだ。必ずそれを見つけてやる、カナデのためにな! よし、時間をとったな、魔王が見つかったら呼んでくれ。アタシも協力しよう。まあ、カナデがいれば問題はないだろうけどな、あいつの強さはそれこそ異次元レベルだしな」
「……オデットさん、ありがとう。俺には、お礼を言うことしかできない」
「気にするなと言ったろ? じゃあ、またな、マサト」
そう言うとオデットさんは俺を残し、店を出て行った。
俺は……すぐに店を出る気にならず、考えに耽ってしまう。
「奏さん……辛いだろうな。優しいだけになおさら……」
オデットさんとは違い、本人である奏さんはここまで強く、俺にお願いはしてこなかった。それはおそらく、相手の事情や気持ちを自然にくみ取ってしまう人間なのだろうことが俺にだってわかる。
奏さんは優しいんだ。とにかく優しい。
本当は他人を押しのけてでも、元の世界に帰り、自分を育ててくれたおばあちゃんに会いたいに違いないのに。
ましてや、そのおばあちゃんは病で倒れていると言っていた。その他人にすら優しさをみせる人間が、唯一の肉親のその状況に気が気でないのは明らかだと思う
それにもかかわらず俺の魔王討伐を助けてあげようとまで申し出てきたんだ。
俺は自分のばあちゃんが言っていた“実のある人間力を身につけなさい”という言葉をまた思い出した。
まだ小学生のころから、よく言われていたことだ。
“雅人、お前は元々、優しい人間だけど、本当に優しくありたいのであれば、実のある優しさを身につけなさい”
“実のあるって何だ? ばあちゃん”
“そうだねぇ、たとえば、雅人の近くに困っている人がいるとするよ? 雅人は優しいからきっと可哀想と思うだろ?”
“うん!”
“でも、それだけじゃ、その困った人の助けにはならないんだよ、雅人。優しさというのはね、何か行動が伴って初めて本当の、それこそ実のある優しさになるのさ。勘違いをしては駄目だよ? 人を可哀想に思う、それだけでもその人は優しいんだよ。それは間違いない。だから、雅人が誰かに心配されただけでも感謝しなきゃいけないよ”
“う……うん”
“でも、雅人にはその一歩先に行ってほしい。もし、雅人が誰かを心配したり、可哀想に思ったのなら……そして、何かをしてやれるのなら、それを行動に移してあげなさい。これは最近流行っている人間力という言葉にも言えることさ。空気が読める、先が読める、引き出しが多い、それは良いことだ。でもね、それで何かを作り上げなかったら、何か残ることをしてなければ、それは架空の人間力と何ら変わりがないんだよ”
“うーん……ばあちゃん、何か難しいよ”
“あはは、そうか、そうか。いつか分かればいいよ。マサトが大きくなったら、そんな実のある人間になっておくれ? それがばあちゃんにとって一番嬉しいからね”
“分かった! よく分からないけど、分かった!”
“おうおう、マサトのその辺の大らかさが好きだよ。でも、勉強をいい加減にするのは、許さないよ! 遊びに行くのは宿題をやってからだからね!”
“えーー!? ばあちゃんは優しくない!”
“何とでも言いなさい。ばあちゃんは雅人のために行動を起こすのさ。さあさあ、自分の部屋で宿題をやってきなさい、それとできたら必ず見せること!”
“ブーブー”
「可哀想にと思うだけ……か」
俺はばあちゃんとのそんなやりとりを思いだしつつ、力なく頬杖をついた。
しばらく俺はそのまましていると……横の窓から強い視線を感じてそちらに目を移す。
「うん? うわ!!」
窓の外から明らかに怒った表情のミアとマッツ、そして半目のホルストが俺のことを睨んでいる。その顔は人に働かせておいて何をサボっているのか、という目だ。
あ、ヤバい!
集合時間、過ぎてた!
俺は慌てて、店の外に出ると、怒るミアたちを店の中に招き誤解を解こうと説明し、結局、お茶とスイーツをおごることでようやく気を静めてもらった。
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