第52話 女勇者②
「……! それは……」
「ああ、カナデの生い立ちにも関係しているんだろうな。それが分かってからは、幾度となく孤児院に連れて行った。それで吹き込んだんだ。この子たちの多くは両親をモンスターに殺された子たちだ、ってね。あとはマサトにも想像できるだろう?」
俺は拳を握る。
奏さんは日本ではただの女子高生だったはずだ。その奏さんに命懸けで魔王と戦わせるためにそこまで念を押したのか。
「それで一年前に、アタシたちを仲間に加えて、戦い抜いたカナデは魔王をやっとの思いで倒した。最終戦は壮絶だった。オワーズも全軍を投入した。もちろん、被害も尋常ではなかったよ。でも、魔王を滅ぼしたんだ。カナデはようやく帰ることができる日を迎えた」
「……」
でも、奏さんは帰っていない。そこまでしたのにもかかわらず。
何で……
「勇者召喚術は魔王を倒すことでその完成を見る。つまり召喚した勇者を元の世界に帰す儀式となるが、その当日に事件が起きた」
「事件?」
「ああ、モンスターたちがオワーズの首都の近くにあるカンバナという町を襲撃したという急報が入ってきた。しかも結構な数でね。ああ、もちろん、オワーズは兵を派遣する決定をしたよ。だが、魔王との戦いで傷ついた軍は、動かせる人数もスピードも明らかに足りなかった」
「ま、まさか……奏さんは」
「そのカンバナの町には……オワーズの高官がカナデをよく連れて行った孤児院があったんだよ……。アタシは咄嗟にカナデを止めた。でもアタシたちと長い間、戦った経験のあるカナデには分かってしまったんだ。その時のオワーズの軍にカンバナの町を素早く救う余力があるかどうか。深手を負っているアタシたち、勇者の仲間の状況も」
オデットさんは、遠くを見るような目をした。
「カナデは飛び出して行った。帰還の儀の途中に。強大な力を秘めたカナデの移動スピードはどんな兵よりも早く……カンバナに到着した。それでアタシたちが到着した時には、カナデはカンバナの人々の歓喜の嵐に囲まれていたんだよ……」
「……ッ」
「アタシはその時の光景を忘れはしないよ。アタシは本物の勇者を見たんだ。だから、アタシは決めた。カナデを必ず元の世界に帰すって」
オデットさんは俺に顔を向けると俺の目を懇願するように見つめる。
「マサト……。頼む、魔王を倒したあかつきには、カナデを元の世界に帰らせてやってくれないか! もちろん、ただとは言わない。この世界に残ったお前の生活は保障する。それにアタシを自由にして構わない!」
「ちょ、ちょっと! オデットさん」
「頼む、マサト。こんなチャンスは、もうこれからあるか分からないんだ! マサト、お前にとって理不尽なお願いだと百も承知だ! だが、それでも頼む! カナデを元の世界に帰してやってくれ!」
そう言うとオデットさんは深々と頭を下げた。
俺は戸惑った。
女性ではあるけど、戦士の風格を持つオデットさん。身長だって俺より少し大きいし、実戦を知っている人特有のものなのか分からないが、そこにいるだけで圧迫感のような存在感を感じる人が、今、俺のような一般人に頭を深々と下げている。
オデットさんが、言っていることは全部ではないが伝わってきてはいる。奏さんのことや、オデットさんと奏さんの関係性も……。
そして何よりも、俺を戸惑わせたのは奏さんのもつ背景が、俺と似ている部分だった。
両親がいなくてばあちゃんに育てられた……その中身は大分違うだろうが、表面だけ見れば、俺と奏さんの状況は似ている。
そこで俺は思い出してしまう。
ばあちゃんが亡くなったあの日……ちょっとだけ自分の人生を呪ったのを。
何で、俺の大事な人ばかりが、いなくなってしまうのか? って。
そんなことを考えた俺は、そんな大事な人たちが、そこにいる時は何も返さずに生きていた。いや、むしろ迷惑しかけていない。
俺は……両親や育ててくれたばあちゃんに感謝の気持ちも、お返しも、親孝行やばあちゃん孝行もせずに……気づけばたった独りになっていた。
他人には、決して見せられないが、俺はこれを後悔して、そして今も後悔し続けている。
馬鹿だと思うだろう? 俺もそう思う、俺は大馬鹿だって。
孝行したいときには、親はいない、って言葉では聞いたことがあったけど、俺はまさしくその境遇に陥った典型なんだよ。
自分がいい加減に、適当に、甘えて生きてきたことを知ったのは……独りになったその時だったんだからな。
だから、奏さんには俺と同じ後悔はさせたくはないと心から思う。
でも……、
「ごめん、オデットさん……それは出来ない」
「……!」
でも……だからこそ俺は、あの家とお墓を守っていこうと決意したんだ。
俺は元々、能天気で、まあ、良く言えば、大らかで根明な性格をしているのは分かっている。細かいことを気にしないし、落ち込むよりも物事を楽しむことの方が長けているんだと思う。
いや、深刻になることが怖いのかもしれないな……それか嫌いなのかもしれない、暗くなる自分が。
だから、こんな状況でも笑っていられる。
本当、我ながら大した性格をしていると思うよ。
周りからは馬鹿にしか見えないだろうな。……違うな、それがきっと正解だろう。
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