第51話 女勇者


 マオの捜索を始め、夕方に差し掛かったところで俺は一息をついた。


「ふう……多くはないけどそれなりに情報は集まったかな。ただ……決定的なのがな。今日もう一回、いつもの店に行ってお姉さんにマオの家の場所が分かったか聞いてこなくちゃな……」


「お、マサトじゃないか、何をしてんだ? こんなところで」


 俺は、突然、話しかけられて声の主に顔を向ける。


「え? あ、オデットさん!」


「昨日ぶり! ああ、魔王を探してるんだな? どうだ、見つかりそうか?」


「うーん、それが情報はチラホラ入ってきてるんだけどね。あれ? そういえば奏さんは?」


「カナデは宿で休んでるよ。あいつは……まあ、考えることが多いからな、独りにさせてやった方が良い時があるんだよ」


「……そうですか」


 俺は、奏さんの目的を知っているだけに、オデットさんの言うところが少しだけ理解できた。奏さんは元の世界に帰るために旅をしてるんだよな、この異世界で一年近くも。


「フッ……マサト、ちょうどいい、ちょっとお前と話したいことがあった。そこら辺でお茶でもどうだ?」


「え? ああ、いいですよ」


 俺も一旦、情報をまとめるのに休憩を入れようと考えていたから、オデットさんの誘いを承諾した。

 近くの茶店に入り、オデットさんは聞いたことのないお茶を2つ注文し、俺に顔を向ける。


「それでオデットさん、話っていうのは?」


「ああ、マサトに聞いてもらいたくてね。カナデのことを」


「奏さんの?」


「そうだ……。あいつが何故、元の世界に帰らずにいて、それで今、帰る旅をしている理由を」


「……」


 やっぱり、何かあったんだろうか。そのことについては俺も考えなくはなかった。


「実はな、カナデが元の世界に帰りそびれた、と言っていたのは、我が国オワーズ連合のせいでもあるんだ」


「……え?」


「二年前……我が国の召喚によってカナデはやってきた。やってきた当初……まあ、お前もそうだったと思うが、大分、取り乱していてな。それは取り付く島もない感じだった」


「……」


 そりゃそうだろうな。

 女の子で突然、見知らぬ世界に呼び出されて、魔王を倒せって言われたんだんもんな。

 俺も最初は夢だと思ったし、俺みたいに深くものを考えない現状受け入れ型のいい加減な性格をしてなかったら、なおさらだろう。


「オワーズの高官はカナデを一ヵ月がかりで何とか説得した。というのも、昨日も言ったと思うが、オワーズに現れた魔王は記録の残っている魔王の中でも最上位といえるほど強敵だった。そして……カナデに付与された力は強大だったんだ。元々、勇者に期待して召喚をしたのもあったが……まあ、アタシたちオワーズも必死だったんだ」


 注文したお茶が届き、俺たちの前に置かれると、オデットさんはお茶に口をつけた。


「マサトはすぐに魔王と戦うことを承諾したのか?」


「俺? ああ……俺はどうしても元の世界に帰りたかったからな。倒さなければ帰れないと聞かされて、頭にはきたけど、受け入れた」


「そうか……。でも、それだけか? 理由は」


「それだけって? 一応、俺はそう思ったけど……まあ、俺は単純だからな」


「……いや、すまない。こんなことを言ったのは、マサトのパターンは珍しい部類に入るんだぞ? それはそうだろう、そう簡単に命を懸けて戦いたいと思う人間はいない。だから、色々と工作をするんだ、召喚した国はね」


「ああ……なるほど」


 それはアンネのようなことを言っているのだろうと、俺はすぐに察した。

 俺の場合、その前に状況がおかしくなってしまったのもあって、何も工作されてはいないけどね。本心を言えば工作されたかった……あ、じゃあ、奏さんはされたのか、その“工作”を。


「奏さんにどんな工作をしたんだ? オワーズは」


 それを聞くとオデットさんは僅かに眉間に皺を寄せたが、すぐに俺を見つめた。


「まずその前に、カナデはとにかく元の世界に帰りたがっていた。だから、その工作する前に戦うことを決意してくれたんだ。なんでもカナデはな、両親を子供の頃になくして、祖母との二人暮らしだったそうでね。それで召喚される直前にその祖母が体調を崩し、倒れたらしいんだ。カナデが召喚されたタイミングはそんな時だった」


「え……」


 俺は奏さんの生い立ちに、聞き覚えがある。

 そう、似ているんだ。

 ……俺に。

 俺の場合、既にばあちゃんは他界していたけど。


「カナデはその育ての親でもある祖母が心配で心配で仕方がなかった。だから、元の世界に帰るために魔王と戦う決意をしてくれた。けどな……それでも心配だったんだっただろうな、うちの高官たちは。もっと、カナデが自発的に戦う理由を作ろうとした」


「何をした?」


 俺は無意識に眉根を寄せてしまう。


「工作をする時はね、色々と勇者の性格や性情を調べるんだよ。たとえば、何が好きなのか、何を大事にしているのか、とかをね。金、異性、恋、家族、裕福さ、権力、など多岐にわたって、会話や表情から情報を集めて吟味する。時には息抜きと称して色々なところに連れてってね。それで分かったことがあった。カナデが大事にしている、大事にしてしまう好きなものが」


「……それは?」


「子供だ。カナデが幼い子供に極度に感情移入することが分かったんだよ。特に両親のいない、身寄りのない子供たちにな」




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