第41話 勇者は勇者と出会う③


 俺は今、相当、難しい顔をしているんだろうな、と思う。

 この奏さんの申し出は、正直、受け入れることはできない。

 俺も今、この自分のややこしい状況でも、なんとか気力を奮い立たせているのは、元の世界に帰るためなんだ。

 それに厳しいことを言えば、自分は魔王を倒して帰りのゲートを開いたようなことを言っていた。それなのに、俺を探して尋ねてくるほど帰りたいと思っているなら、何故、帰りそびれるなんてことが起きるのか、と思う。

 詳細は分からないけど、これは彼女の責任とも言えるんじゃないだろうか。

 店内の雰囲気とは真逆の重苦しい空気が流れる。


「まあまあ、マサト! カナデは無理やり元の世界に帰るチケットを寄こせって言ってるんじゃないんだ」


 この空気を感じ取ったのか、オデットさんが明るい声を出した。


「実はな、カナデの希望は今、言った通りなんだが、過去の事例では元の世界に帰らなかった勇者が何人かいるんだよ。それでもしかすれば、という藁にもすがるような気持ちで来ただけなんだ」


「……え? そうなのか?」


「ああ。中にはこちらの世界が気に入って、妻を娶りそのまま住んでた者もいる。魔王と戦って勝利した勇者は人気があるからな、モテるんだろ。それに国を救ったことでその国の要職に就いた者や褒賞として大金をもらって悠々自適に暮らした者もいるんだ。だから、さ。マサトに会って、今、どういうつもりなのか、ていうのを聞きに来たんだよ」


 このオデットさんの話を聞いて俺は、なるほど……あり得るな、と冷静に考えた。

 いや……すみません、嘘をつきました。

 すごい、グラッときました。

 オデットさんの話はなんて魅力的な話なんだ。

 そこまで頭が回らなかった。もし魔王を倒せば間違いなくその国の英雄だ。

 その英雄がモテるのはまさに必然。

 それにその大恩ある英雄に対して、多額の報奨金やVIP待遇するのは当たり前。

 それに対し、元の世界に帰ったらどうなる?

 俺はただの一般庶民のしがない大学生。その後は就職してサラリーマンかな?

 別にそれが悪いとは思っていないよ? 実際、俺の中ではそういう人生設計が何となくあったし。

 ただ、オデットさんの話は、ここでしか絶対に経験のできない話だ。

 そして、明らかに元の世界より苦労が少ないだろう生活ができる。

 ムムム……。

 オデットさんが俺の表情の変化を読むようにニンマリとしている。おかしいな俺はポーカーフェイスのはずなんだが。


 でも……


 奏さんには申し訳ないが、俺は帰りたい。

 たしかに俺には待っている人間なんていない。外から見れば天涯孤独と言ってもいいかもしれない。

 でも、あの家にはばあちゃんとの思い出がある。そして、俺にその思い出をくれた家を残してくれたんだ。それに、墓の手入れだってある。

 俺は人生の中で、これは忘れていきたくはない。

 あまりできの良い孫でもなかったけど、あの場所がなかったら今の俺はいなかったんだから。この感謝の気持ちだけは死ぬまで持っていようと思っていた。


「奏さん……申し訳ないんだけど、俺は……」


「あ、いいの、いいの! 気にしないで! こちらの一方的なお願いだったから。それに最初から上手くいくだなんて思ってなかったし。むしろ困らせてしまってごめんなさい!」


 奏さんは申し訳なさそうに、頭を下げた。


「いや! そんな謝らなくていいよ! 俺も奏さんの気持ちはすごい分かるし」


「あ~あ、駄目かぁ。中々、うまくはいかないなぁ、カナデにとってもこんなチャンスはなかったからなぁ。まあ、私個人としてはカナデがいなくなるのは寂しいし、そこまで悪いことじゃないんだけどな」


「雅人君、色々と話を聞いてくれてありがとう。あ、もし良かったら魔王討伐で何か困ってたら言ってね。私はこれでも魔王討伐を経験した人間だから、知っていることは何でも教えてあげるから! しばらくはこの王都に滞在するつもりだし。ここにいるオデットも魔王討伐の時の私の仲間だったのよ?」


「ええ!? 本当に!? 奏さん、それは助かるよ!」


 思ってもいない素晴らしい申し出に俺は歓喜の声を上げた。

 何故なら、この国は魔王の顕現の経験がないせいで、いろいろと情報が薄いところがある。勇者のことも魔王のことも、どこか情報が中途半端な感じが否めなかった。

 それに同じ世界出身の、同じ日本人の奏さんなら相談がしやすいかも、というのもあった。

 この今の俺のややこしい状況も、打開策が見えてくるかもしれない。一人で動くには限界を感じていたんだ。

 この絶好の機会を逃したくはない。


「奏さん、実は俺、今、すごい困った状況で……是非、相談に乗って欲しいことがあるんだよ。それが……俺の力のことなんだけど」


「ちょい待ちな、まあ、食事でもしながら聞こうじゃないか。一応、出会ったことも祝して」


「ああ、オデットさん、そうだね!」


 俺はいつものお姉さんに適当に食べ物を見繕ってもらうようにお願いし、自分の現状をこの元勇者と元勇者仲間に伝えることにした。




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