第38話 捜索


「はあ~、駄目だ、さすがにすぐには見つからないか」


 俺は街の中心部の噴水のある広場に座り、力なく空を眺めた。

 あの後、マオの聞き込みをしたが有力な情報は手に入らなかった。

 何人かは見たことある、という情報は得たが、どこから来たのか、どこへ帰ったのか、その素性は分からないということだった。

 そりゃそうだよな、あいつ魔王だし。

 いや、魔王だったし。


「でも、この飲み屋街にしょっちゅう顔をだしていることだけは分かったんだ。あれだけお酒は好きだって感じだし、必ずマオはこの街に来ると思うんだよな。ここは粘り強く探していくしかないか……」


 でも、どうなんだろ?

 マオも俺に魔王の紋章をなすりつけたのは分かってるからなぁ、普通なら警戒して二度と来ないか、当分は顔をださない可能性も高い……。

 それにマオは魔王じゃなくなって、どうしてんだ?

 今はもう魔王じゃなくなってるんだから、以前の部下たちのところには帰ってないんじゃないのか? 顔もだしづらいだろう、勝手に魔王辞めちゃったんだから。

 じゃあ、他の国に逃げるって線もありうるのか!

 うーむ……なんだかお手上げになってきた気がしてきた。

 最悪の場合、このことをマスローさんたちに伝えなければならないかな……。

 でも、それが怖いんだよ。

 この話を聞いて、どういうリアクションをとってくるのか未知数だ。

 だって、魔王を倒すためにこの国は一応、全力で動いている。

 ぶっちゃけ、俺を殺してチャンチャンってあり得そうだ。

 そうした時……俺はどうすれば? 普通は抗うよな、俺も絶対に死にたくないし。

 でもどこに逃げればいいんだよ。

 あ、今の俺は魔王なんだ! じゃあ、魔王の部下たちのところに行ったらどうだろう?

 歓迎してくれるのか? でも俺は勇者だぞ?

 それに万が一、受け入れてくれたとしても……、

「この国滅ぼすぞぉ!」

「「「「「おお!」」」」」

 てなことになったら、どうすんだ!?

 殺されるのは嫌だけど、それでこの国滅ぼすのとか無理だよ!

 マスローさんとかマッツ、ホルスト……は滅ぼしてもいいや。それよりもアンネとかミアとかに酷いことなんてできない。


「あああ! 本当にどうすればいいんだ!?」


 頭を抱えて思わず心の叫びが出てしまうよ。


「お母さーん、あの人、何か叫んでるよー」


「シッ! 近寄っちゃダメよ!」


「……」


 ああ、何だろう? 視界が滲んできたよ? 勇者で魔王が泣いちゃうよ?


「もう……逃げちゃうか」


 それで旅にでも出て一人で生きていこうかな。

 でも、この世界のことに関して俺は無知だし、いきなり飛び出して一人で生きていけるか分からん。

 いやいや、待て待て!

 何よりも元の世界に帰りたいんだ! 俺は。

 これじゃあ、そもそも元の世界に帰れないじゃん。

 それに魔王を倒さないと帰りのゲートが開かないって言ってたし、それが勇者召喚術のセットみたいに言っていた。

 つまり魔王を倒さないと帰れないんだ。

 そう考えると、とんでもなく非人道的な術だよな。勝手に呼んでおいて、元の世界に帰りたいなら魔王倒して来いってことだ、命がけで。

 いろんな国で勇者召喚がされたって話だけど、みんな頭にきただろうなぁ。

 影丸には伝えちゃったのは、やっぱり迂闊だったのかな。

 でも……こうやって一人で抱えて入れても状況が良くなるとも思えないし。

 ああ! もうなんかムシャクシャしてきた!


「今は駄目だった時のことを考えても仕方がない! とりあえずマオを探そう。無理だったらその時は、その時だ!」


 こうしている間にも辺りは暗くなり、いい時間になってきてしっまたので、結局、今日の捜索はここで打ち切り、俺はマオと出会った店で飯を食って帰ることにした。

 おお、今日は混んでるな。

 まあ、人気店なんだろう、ここはお酒も飯も美味いしな。


「いらっしゃーい! あ、お客さん、また来たんだね!」


「あはは」


 俺は手をあげて愛想笑いを返してカウンターに腰を下ろした。


「お姉さーん、麦酒ちょうだーい」


「はーい」


 あ~あ、今、お酒飲んでも気持ちが浮き上がってこないだろうなぁ、と俺は思ってしまう。

 今まで呼ばれた勇者の中でこんなに悩んだ勇者っていたか?

 それにしても、だ。

 もっと状況が分かりやすくならんもんかね

 何といっても、この俺の力はどうなんだよ。

 魔王の紋章を奪えて、自分に張り付ければ魔王の力も使える。

 一見すればすごい能力なんだが……それで俺が魔王になってしまうというのはどういうことだよ。

 一応さ、勇者が魔王の力を奪ったんだから、これで平和にはならないのかな?

 魔王の紋章をはがして自分に貼っただけだけどさ。

 いや……待てよ?

 これさ……他人には貼れないのかな?

 そうすれば、そいつが魔王ってことになって……。


「ハッ! これは試してみる価値があるか! マッツかホルストにでも貼ってみるとか!」


 よし、これは後で試してみるか。マオも探しつつ、これも試してみて成功したら魔王になったそいつを……倒せばいい!

 もしそれが可能だったら、すげーぞ!

 あっという間に平和が来る。

 俺も帰れる。

 全員ハッピー!


「おおお! これはすぐに試したいぞ!」


「はーい、麦酒!」


「お、ありがとう! お姉さん! いっただきまーす!」


「ふふふ、お客さん、上機嫌だね!」


「たった今、上機嫌になったんだよ! お姉さんの顔を見てね!」


「もう! お客さんたら! 口がうまいね!」

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