第37話 魔王失踪


 カッセル王国の西側に位置する広大な深い森……現地の者たちにもその全貌が分からず、また、モンスターも多く生息していることから、あまり足を踏み入れることのない森である。

 その森の最奥にこのカッセル王国の有史以来初めて顕現した魔王のための城がある。


「ええい、魔王様はどこに行かれたのか!」


 魔王の幹部であるヴィネアが、魔王謁見の間で大きな声を出した。

 今、その名のごとく魔王に謁見できる大広間には、その主である魔王はいない。

 一昨日から自分たちの主である魔王はいつの間にか城から消えたのだ。


「ハッ、現在、全力で探しているのですが……」


「魔王様は一体、何をお考えなのか……ようやく人族どもの本拠地である王都カッセリアの襲撃準備ができたというのに」


 ヴィネアはイライラを隠すことなく、大きな胸を抱えるように腕を組んだ。

 報告に来ている部下の魔族たちは、チラチラとその胸部を見ていたりするのだが、ヴィネアはそれに気づく様子もない。

 ちなみに部下たちからは


「ヴィネア様って、結構鈍感だよな! 男の視線に気づいてないところとか。あんなエロい体してんのにさ」

「あ、それ、俺も思ってた! ああ見えてさ、意外に男のこと知らないんじゃない?」

「たしかに! 口では妖艶な美女を気取ってるけど、結構、恥ずかしがってるときあるような気がするんだよね。だったら、あんな格好しなければいいのに。こっちの目のやり場が困るんだよ」

「いや、実は前に聞いちゃったんだけど、ヴィネア様、鏡の前で赤い顔して、“自分の役どころだから仕方ない……”とか言ってたぜ?」

「中身は清純だったり?」

「マジで? 超可愛いじゃん!」


 などと言われていることをヴィネアは知らなかったりする。


「ヴィネア様! 魔王様らしき波動を感知いたしました!」


 そこに謁見の間に部下が走りこんできた。


「何!? それはどこだ!?」


「それが、人族の本拠地である王都カッセリアです!」


「まさか! それは本当か!?」


「はい、間違いありません! 先程、魔王様の力が使われた形跡がありました」


「むう……それはどういうことか……。魔王様は単身で敵の本拠地におられると?」


 ヴィネアは思案するように、シャープな顎に右手を添える。


「もしや……魔王様自ら偵察を? いや、それなら私たちに命令すればいいこと」


「ヴィネア様!」


 そこに新たに報告する者が駆け込んできた。

 その報告者の手には骸骨の姿をした、いわゆるスケルトンが引っ張られていて、体重が軽いせいもあり、体が宙に浮いている。


「どうした?」


「この者が魔王様を見たと言っています!」


「何!? 何と言っている」


 スケルトンが体をカタカタ鳴らしながら身振り手振りで何かを報告している。


「この者が言いますには……魔王様はちょくちょく王都に行ってるよ、と」


「は!? それはどういうことだ?」


「ちょっとお待ちください。おい、それはどういう……」


 スケルトンがカタカタと必死に動く。


「ふむふむ、出て行くときは……いつも、“魔王なんかやってらんねーよ!”と? “ヴィネアは口うるさいんだよ”とも言ってた?」


「え?」


 カタカタカタカタ……


「それで帰ってくるときはいつも上機嫌で酒臭かった? 以前、帰ってきた時は、“ストレス解消だぜぇ!”と言って自分に口止め料としてお酒をもらったと? いいなあ、お前。うん? なになに? でも自分はお酒飲んでも、全部こぼれちゃうから辛かった? 自分は鳥の骨の方が好きだったのに?」


「……」


 ヴィネアの目が赤く光ると周囲に不可視の力が集まり、周囲の床が揺れだす。


「あのア……魔王様を迎えに行きます、全軍で。準備なさい! そのまま王都に攻め込むわよ!」


「今、ヴィネア様、アホって言いそうになりませんでした? 魔王様のこと」


 カタカタカタカタ……


「……え!? おい! 馬鹿!」


「なんて言っているのかしら?」


「あ!? いや! それは……」


「……言いなさい」


「あ……それが、その……魔王様が以前、酔って帰ってきた時……“ヴィネアの体はエッロいなあ! 少しぐらいあの体を俺のために使ってくれないかなぁ、でもあいつ絶対処女だよ、プッ!”と……言って」 


 ドゴォォーーン!!


「ひゃ!」


 ヴィネアが魔王の座る椅子……玉座を破壊した。


「魔王様の椅子を蹴って壊した!?」


 カタカタカタカタ!


「え?」


「今のは……何と言っている?」


「あ! 魔王様に口止めされてたの忘れてた? 今までの全部なし! と言っています」


「……」


 カタカタカタカタ……


「遅いよ、お前。普通、そこまで話すか? お前、口軽すぎ。 え? 骨だけだから軽い? 骨粗しょう症気味だし? じゃあ、仕方ないな! あははは」


 カタカタカタカタ!(笑ってる)


「お前たち……?」


「はい、なんでしょう? ヴィネア様」


 カタ?


「すぐに! 王都カッセリアに行く準備をなさい!! あの魔王様(アホ)を迎えに行って、そのまま王都を滅ぼす!!」



「もうアホって言っちゃってるよ、ヴィネア様」


「急げぇぇぇ!!」


「イエス、マァム!!!」


 カタカター!!!!


 これを笑っている他の部下たちにヴィネアは睨みつける。


「お前たちもぉぉ!!」


「「「「アイアイサーー!!!!」」」」



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