第32話 魔王討伐会議⑤
俺はトイレに設置されている鏡の前でゼーゼーいいながら顔を青ざめさせた。
「な……何で? これはさっき捨てたはずだぞ」
俺は魔王の紋章……いや、魔王の紋章にそっくりな紋章を摘まみ上げる。
そう、確かに捨てたはずだ。間違いなくトイレに流した。
……だが、あったのだ。
俺がさっき汗を拭こうとしたハンカチに挟まって。
「俺が間違えてハンカチに挟んだのか? いや、そんなはずは……」
俺はその紋章を水洗トイレに捨てる。
そして、紋章が流れていくのをしっかり確認するように水を流した。
「……よし! 今、確実に流れていったよな」
今度は間違いない。
俺は鏡の前に立ち、顔を洗った。
「ふう~、しかし何だったんだ? まだ昨日のお酒が残ってたのかもな……」
息を吐き、俺は濡れた顔をハンカチで拭いて鏡を見た。
うん?
「うわー!」
紋章がおでこについてるぅぅ!?
何なの!?
俺はすぐに紋章をはぎ取る。
さすがに気持ちが悪くなった俺は、ハンカチが悪いのかと思い、紋章をハンカチに包んで、トイレにある小窓から外に投げ捨てた。
小窓の外は王宮の中庭だが、風に吹かれてハンカチは紋章ごと飛んでいく。
こ、今度こそは……、
だが、俺は胸のポケットが光っていることに気づく。
まさか……
俺はそーっと、胸のポケットに指を入れた。
「これは……」
紋章が入っていた。
俺は重い足取りで会議室に戻った。
「長いトイレでしたね。どうかしましたか? 顔色が悪いですよ、勇者殿」
不機嫌そうにカルメンさんが声をかけてきた。
「いや、もう大丈夫です。もう、諦めましたから……」
俺が視点の定まらない目で答える。
「大丈夫ですか? マサトさん」
「どうしたマサト、何かえらく老け込んでいるぞ?」
「だ、大丈夫だよ、ミア、マッツ。ありがとな」
「では、始めます。いいですね? 勇者殿」
「はい……どうぞ」
カルメンさんは説明を始め、俺はそれを生気のない顔で見つめる。
だ、駄目だ……これ。
この紋章……何度、捨てても戻ってくるよ。
偽物だよね?
マオの趣味の悪い悪戯だよね?
おのれぇぇ、マオの野郎……
◆
「——ですので、魔王の識別が重要です。そこで確実なのは先ほど言いましたこのような紋章を探すことなのです。ですが、そこまで神経質にならなくてもいいです。というのも魔王の紋章は言い伝えによると、魔王が力を使うか、勇者が近づくと反応し、光を発すると言われていますので」
「なるほど、ではマサトと私が前線で戦っていれば、おのずと分かるかもしれないな」
「そうですね、マッツさんとマサトさんが見つけてくれて合図を送ってもらえば、私も魔王に魔法を集中します!」
「その時は私も前に出て補助魔法を最大限にかけたいと思います」
ミアとマッツ、ホルストは真剣そのもので、ミアは学生らしくメモを取っている。
俺は極度の緊張状態だけど。
本当にそれどころじゃないの。
早くマオに確かめさせて。
このお腹で光ってるやつを。
「うん? 光? ……ハッ!」
今のカルメンさんの話って……
俺はあの飲み屋でのマオとのやり取りがフラッシュバックするように思い出される。
〝ああ? ありゃ、魔王の紋章が光ってら、ヒック〟
〝うい~、魔王の紋章だあ? そんなもんあんの? この世界の常識はよく分かりゃん〟
〝お、おかしいな~? ヒック、これ普通、出てこないんだぞぉ~?〟
〝へ~、ヒック、いつ出てくんの?〟
〝そ、そんなの決まってるだろ、ヒック。俺が力を使うか、勇者に会ったときだけだぁ”
〝……プッ、じゃあいいじゃん。俺、勇者だから〟
〝……プッ〟
〝だろ?〟
〝だな〟
〝〝ぎゃはははは! ヒー! 超ウケる~!!〟〟
「アホかぁぁぁぁ!? 全然、笑えねーよ!!!!」
あああ、これ本物だよ!
もう誤魔化せないよ!
ねえ、馬鹿なの!?
俺もあいつも馬鹿なのぉぉ?
勇者と魔王で何の会話してんだよぉぉぉぉ!
俺が急に頭を抱えて立ち上がり大声を上げたので会議の出席者全員がひっくり返って驚いている。
「ど、どうしたんですか!? マサトさん」
「おい! マサト、驚かせないでくれ! どうしたんだ、突然。やっぱり調子が悪いのか?」
「マサト殿……? 情緒不安定なら私が人肌のぬくもりで、安心と安寧を……」
「あ……」
や、やばい。
狼狽え過ぎだ、俺。
逆に疑われる。
魔王の紋章持ってるってバレる。
「いや!! そんな簡単に魔王が目の前に現れるとは限らないだろ? それに相手は魔王だ。もし、現れたとしてそんな強敵にいきなり俺の仲間を危険な目には合わせることはできない。まずは勇者の俺が魔王を特定して、その後に綿密に作戦を練るのが良いと思うんだよ。だ、だから、さっきのみんなの話は笑えないわ」
「「「……」」」
ぐぐぐ、まずい。
さすがにこの説明は苦しいか。
「……マサト、お前というやつは」
「マサトさん、そんなことを考えて……自分の危険は顧みずに」
「勇者とはかくあるべきか……」
あ、通じた。
マスローもリンデマンも何故か感動している。
いつも厳しいカルメンさんも、ニッと笑みを見せた。
「勇者殿の心意気を……初めて知りました。では私も今まで以上に精密な作戦を考えていきます。紋章を発見し魔王が特定できた際の作戦を、あらゆる場合を想定しながら立案していきます」
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