第29話 魔王討伐会議②



 あ、魔法かな? 何の魔法かは分からんが。

 俺は紋章をもう一度、捨てようと思ったが、脱衣所にゴミ箱がないのでとりあえず自分の腹に貼った。

 まあ、ここなら誰にも見られないし、あとで捨てておくか。

 俺は着替えて部屋に戻ると、アンネが朝食を用意してくれていた。

 よく見るとテーブルの上には透明なスープにパンが置いてあり、昨日よりは簡素に感じた。


「二日酔いにはこのスープがいいんですよ。パンもスープに浸して食べてみてくださいね」


 アンネは俺の状態をみて、メニューを変えてくれたみたいだった。


「おお、ありがとう! アンネは気が利くなぁ」


「ふふふ、そんなことはないです」


「そんなことあるよ! こういうことに気がつかない人は気がつかないもんだよ。アンネはいい嫁さんになるね、うん」


「そんな……大袈裟ですよ、マサト様」


 アンネはにこやかに応じて、俺も笑顔になる。

 うーん、塩分の効いたスープが体に染みこむようだ。

 アンネは美人だし、気が利くし、これだけはマスローさんに感謝だな。


「マサト様、そちらを召し上がったら、宰相閣下がお待ちしております会議室の方に案内いたしますので」


「分かった」


 会議の内容は魔王討伐のことだろうけど……何を話し合うんだろ。

 作戦とかかな?

 こんなこと言うのもなんだが、正直、出来んのかな?

 どうにもあのマスローさんとリンデマンさんのおっさんコンビは行き当たりばったり感が拭えないんだよな。

 俺は軽くため息を吐いてしまう。

 俺も元の世界に帰りたいし、そりゃ何とかしたいんだが……


「マサト様……」


「え?」


 気がつくとアンネが俺に近寄ってきていて、俺はドキッとしてしまった。

 アンネは顔も体も至近で俺のテーブルの上にある右手に自分の両手を乗せて跪いた。

 俺の心臓が跳ねるのが分かる。

 生まれて初めて、文化祭のダンス以外で女の子の手に触れたため、俺の全感覚が右手に集中してしまう。


「マサト様のお力で、この国をお救い下さい。魔王を討ち果たしてください」


 俺の血圧は今、どうなっているんだか知りたい。

 赤毛の美少女が潤んだ瞳でこちらを見上げている。

 期待を込めた目で。

 女の子からこんなに期待されるような経験が今まであったろうか?

 いや、ない!


「アンネ……任せろ。俺がその魔王ってやつを倒してやる」


「え?」


 アンネは驚くような顔で俺を見つめている。

 俺は立ち上がって気合を入れた。

 気のせいか、お腹の辺りが熱を帯びている。


「俺はやるぞ! その魔王って悪い奴をこの手で倒してやるぜ!」


「キャ!」


 すると、突然、アンネから悲鳴が上がり、尻餅をついている。


「あれ?」


 俺は突然、怯えだしたようになっているアンネを見て、すぐに謝った。


「あ、ごめん! 驚かせて! ちょっとやる気を見せただけなんだよ」


「い、いえ、今、気のせいかすごい魔力のようなものを感じましたので」


「ええ!? 魔力? 俺から?」


「は、はい……」


「でも、俺には魔力とかなかったはずなんだけど……」


「あ、そうですよね。一瞬だったので……気のせいかもしれません。すみません、驚かせまして」


「そ、そう? そうだな、あとでリンデマンさんとかに言って、調べてもらうよ。あ! ひょっとしたら勇者の力かも! ついに俺の力が出てきたとか!? よーし、さらにやる気が出てきた! アンネ、俺、頑張るね!」


「は、はい! 応援しています! マサト様」


 うん、やっぱりアンネみたいな可愛い子に応援されるとやる気が出てくるね!

 俺はこのすぐあとに迎えに来たカルメンさんに連れられて、マスローさんたちがいる会議室に向かった。


 部屋に残されたアンネは雅人が出て行くと思わず椅子に腰を掛けた。


「さっきのは、魔力に間違いないと思うわ。でも……すごい量と威圧感だった」


 本来、魔力を感知できるのは魔法の才能のある者だけだ。

 実は雅人には普通のメイドとして扮しているので、アンネが魔法の才能があり、魔法も使えることを内緒にしているので、先ほどの会話はまずかった。

 雅人がそのことを知らないことで怪しまれないで済んだ。


「念のため伯父様に耳に入れておきましょう、私のことを知られたら、せっかくのやる気をなくしてしまうかもしれませんし」


 それにしても、とアンネは思う。


「さっきの魔力は……とても人間の魔力とは思えないものに感じたのだけど。そう、まるで、相当な高ランクのモンスターのような……。いえ、まさか、そんなわけはないわね」


 アンネは立ち上がると、伯父であるマスローに報告を入れるために侍女を呼んだ。


                 ◆


 俺はカルメンさんに誘われて会議室に入り、席に着く。

 会議室と言っても、さすがは王宮内。

 部屋の中は殺風景ではなく、高そうな調度品が大きな円卓の周りを囲んでいた。

 俺の正面にマスローさんとリンデマンさんが座り、その後ろにカルメンさんが控えている。

 俺の横にはマッツやホルスト、ミアも呼ばれており、先に席についていた。


「そろいましたな。ではこれより、魔王討伐のための会議を始めますぞ。カルメン、頼む」


「はい」


 マスローさんがカルメンさんに声をかけると、テーブル中央に置いてあったクリスタルが光り、テーブル上空に映像が映し出された。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る