第26話 マオの紋章②


 マオが感動した面持ちでプルプル震えている。

 俺が何度も声をかけても聞こえていない。


「うん? あれ? これは俺では取れないのか? じゃあさっきのは……もしかするとマサトしか取れない?」


「マオ?」


「それに、ただ取ったときはまだ俺は魔王だったような……。そういえばマサトに貼った途端、俺は魔王でなくなったんだな。所有権みたいなものか? それが移るのには、誰か他の人に貼らなければならないとか……」


「マオ!」


「しかし……これは一体、何なんだ? こんな馬鹿げたことが……もしかするとマサトの特殊能力か? こんな能力は聞いたことがない。考えてみれば恐ろしい能力だぞ、魔王の資格を奪う力なぞ……。しかし、マサトの様子を見ていれば、本人も分かっていない感じだったな……。いや、そんなことよりこの力は俺にとって好都合では……」


「おい! マオ。マオってば!」


「ハッ! あ、ああ、何だ? マサト」


「何だ、じゃないよ。突然、何をボーとしてんだ。しかも独り言をブツブツと」


「ああ、すまんすまん。ちょっと考え事をな」


「何を考えてたんだよ」


「いや! それは! ま、まあ、色々とだよ! 今後の事とか」


「今後のこと?」


「ま、まあいいじゃないか。ところで……マサト」


「何?」


「もう一度、この紋章をとってみてくれないか?」


「え? 何で?」


「そ、それはもう一回、見てみたいと思ってな」


「さっき嫌がってたくせに。まあ、いいけど……」


 俺はマオが差し出してきた左腕にある紋章を摘み、慣れてきたのもあって簡単に剥がした。


「おお! 素晴らしい!」


「何だよ、マオ。さっきと随分と反応が変わったな」


「え!? そそそ、そうか?」


「そうだよ。さっきは大事な紋章をどうたらこうたらって言ってたじゃん」


「いやいやいやいや、別にそんな紋章、何とも思ってないから。別に大事なもんでもないし!」


「……は? さっき、普通は他人に見せるもんじゃないって言ってたろ」


「あ……あ! ちちち違う! 俺は……俺は……そう! ほ、ほら、お前の言ってた、この紋章に拘って自分を見失うなっていう言葉に感銘を受けたんだよ。うん! 確かにそれではいかん! 俺はマオとして自分らしく生きていかなくちゃな!」


 額から汗をやたら流しているマオを俺は半目で見つめる。

 俺の視線を避けるように目を上空に移すマオ。

 ああ、なるほど……こいつ、さては。


「……やっと分かったぜ」


「え!? 違うぞ!? お、俺は別に何も企んでなど……」


 マオはさらに汗だくであたふたする。

 俺はその姿に……フッと口角を上げた。


「マオは……俺の言いたいことを完全に理解してくれたんだな」


「は?」


「それで紋章を剥がすことで、新しい生き方を模索する契機にしたいと、そういうことだな! いいぞ! その調子だ、マオ!」


「マサトがアホで良かった」


「うん?」


「あ! いや! そ、そう! お前の言う通りだ、マサト!」


「そうだろ! そうだろ! あはははは!」


「そうだぞ、そうだぞ! マサト! よし、乾杯だ」


「おお! かんぱーい!」


 チーン! とジョッキを合わせる俺とマオ。


「それでだ……マサト。俺の新たな生き方の一歩目として、俺はその紋章をお前に譲りたいと思う」


「え? これを俺に?」


「ああ……。是非、お前に受け取ってもらいたい。俺の生まれ変わりと……俺とお前の友情の証として……な」


「マオ……」


 俺は真剣なマオの顔を見て、自分の手に上にある紋章に目を向けた。


「えー、別にいらねー」


「え!? 何でだよ! ここは受け取るシーンだろ!」


「だってぇ、こんなもんいらねーし。もらっても困るわ、ダサいし、貼るとこもないし」


「ちょっ! お、お前、さっき格好いいとか言ってたろう!」


「ああ、それは他人がやっているのは、まあいいんじゃない? という意味で、自分自身でこんなの体に貼ろうなんて思わねーよ。いい大人がこんなもの体に浮きあがらせていたらドン引きだわ、しかも光るなんて最悪だわ」


「そこは……ほら! 普段ははがしておけばいいじゃない! な? な?」


 俺は必死に訴えてくるマオに、うーん……と唸りながら紋章を目線まで摘まみ上げた。


「それならマオがこれを貼らずにそのままどこかにしまっておけばいいんじゃね?」


「……う! ……あ! 違うんだよ。そんなんじゃだめだ! 一度は貼ってもらわないと……多分、所有権が」


「あんだって?」


「あ、いや! 何でもない!」


「だからぁ、そんなもん捨てちゃえばいいんじゃん、マオ。それで一からお前らしくやればさあ!」


「グググ、どうすれば……」


 俺は段々、面倒くさくなってきて空になった麦酒に目をやる。

 さすがに飲み過ぎたかな。なんか視点も合わなくなってきているし。

 それにお金はもらってきたけど、足りるか不安になってきた。

 こっちの物価とかよく分からないで来ちゃったしな、まさか王宮からの支給金が足りないことはないだろうが。

 もうこれ以上飲める気は……いや、もう少しいけるかもしれないが仕方ない。

 あまり帰りが遅くなるのも良くないだろうし。

 でも、お酒って良いものだぁ。


「あ~あ、俺はそろそろ帰……」


「なな!」



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