第24話 悩める者たちは出会う④


「そ、そうか? まあ、確かにトップの証でもあるんだがな、ヒック。でも、そんなこと言うのはマサトだけだぞ? 実際はそんなに良いもんなんかじゃない……」


 俺はマオのちょっと嫌気がさしたような顔を見て、何となくマオの言いたいことが分かった気がした。

 よく言われるトップは孤独だってやつかもしれない。

 そういえば、ついさっきも部下たちが何たらとマオは愚痴っていた。

 聞いた感じだと、ひょっとしたら二代目の社長とかかもしれないな。

 俺は勝手に偉大な創業者の後継者にさせられたマオを想像してしまった。

 なるほど……きっとそうなんだろう。

 そういうのは辛いっていうよな。

 部下の中には偉大な先代のことを知っている部下とかがいて……。

 中々、マオの気持ちを部下が理解してくれていないんだろうな。

 俺は段々、マオが小説とかに描かれている戦国時代の名将武田信玄の後を継いだ武田勝頼に見えてきた。

 勝頼は長男じゃないけど。諸子だったけど。

 となると、その紋章っていうのは先代が考えたロゴか。

 それを後継者として自分に刻みつけたんだろう。

 偉大な先代のように自分もなれるよう決意した時に彫ったのかもしれない。

 しかも、魔法を使ってチカチカ光らせたりして忘れないようにしてまで

 そうだったんだ。

 いや、そうに違いない。

 いやいや、そうじゃないと嫌だ。

 そうじゃないと今の俺のこの気持ちが台無しだから。


「何、泣いてんの? マサト」


「……勝頼」


「カツヨリって誰?」


「あ……マオ。ヒック」


「ん? なんだ? ヒック」


「その紋章、ちょっと見せてよ」


「ム……それはマサトの頼みでもさすがにそれは駄目だ。ヒック。これはおいそれと他人に見せるもんじゃない」


 マオが厳しい表情に変わった。

 それを見た俺は、やはり……と合点がいく。


「だから、何で泣いて頷いてんの?」


「……馬鹿野郎。ヒック」


「……は?」


「マオの馬鹿野郎! そんなものに囚われてんじゃねー! お前はお前なんだ! マオなんだよ! そんな遺物を自分の大事な体に浮き上がらせて……いやそれで自分を縛るなんて辛いだけじゃねーか!」


「!」


「俺ごときが言うべきことじゃないのは分かってる。でもそれじゃマオは……いつまでもそんな紋章(先代が考えたロゴ)に苦しめられて……」


「マサト……お前。たったこれだけの時間でそこまで俺のことを理解して……」


 マオは震えるように俺の顔を見た。

 俺もマオを正視する。


「時間なんか関係ねー! 俺には伝わってくるんだよ、マオが隠している本当の顔が。その辛さが! 本当は他になりたいものもあったろうに、って」


「……」


「マオ!」


 マオは前のめりになる俺を右手で制止した。


「ありがとう、マサト。それだけ聞ければ十分だ。だがこれはな、俺の背負うべき宿命。決して逃れることができない足枷なんだ。フフフ……まったく、まさか俺がこんな気持ちにさせられるとはな」


 そこに俺の後ろを店員のお姉さんが忙しそうに通りすぎたのが見えた。


「あ、お姉さん、麦酒おかわり」


「あ、俺も俺も、お姉さん」


「はーい、よく飲むわねぇ、二人とも。ちょっと呆れるわ。毎度!」


 俺はマオを熱い視線で見つめた。


「マオ、よく聞いてくれ。俺は今のマオをすげーと思うよ。だってそうだろ? 自分をそこまで追い込んでさ、周りの部下たちの願望にこたえようとしてさ」


「……」


「でも、俺が言いたいのは、たった一つだ」


「……それは?」


「マオらしくあれ! マオ自身を、その紋章から解放させろ! ってことだ」


「……マサト」


「はーい、お待ちぃ~。麦酒ね! よく話が続くわねぇ、お客さんたち。ほんと、お酒って怖いわ。あ、これ、大将からつまみのサービスだって」


 俺とマオは届いたジョッキですかさず乾杯。


「「イエーイ! プハー! 美味い!」」


 俺はこの上なく真剣にマオを見つめる。

 マオは落ちてきた前髪をかきあげた。


「フッ……フフフ、本当は分かってるんだ……マサト。俺がトップに不向きなことぐらい。本当の俺はそんなもんになりたかったわけじゃないことも!」


「マオ……」


「だが、どうしようもないんだ! 俺だって! 俺だって! ……あ、このつまみ美味いわ」


「あ、本当だ! 大将、サンキュー!」


 大将がニヤリと笑い親指を立てた。


「マオ、だから俺にその紋章を見せろって言ったんだ。それをマオ自身の中だけで大きな意味を持たせないためにな。そうすることで、自分を少しづつ開放していけばいいさ。道は必ずある!」


「マサト!?」


 俺とマオは互いに目を合わせる。

 しばらく、そうしていた俺たちはフッと笑い大きく頷いた。


「「かんぱーーい!! イヤッホ!」」


 いや、本当に酒はいいなあ。

 話もまとまったので俺はマオに顔をやる。


「んじゃ、見せて見せて~! さっきから超気になってたんだよ! ヒック、紋章ってどんなの、どんなのー? どんなん彫ったの? あと、どうやって光ってるの~?」


「あ、こら! 勝手に見ようとすんなよ! 見せるから、服を引っ張んなって!」


「いいじゃん、早く見せてよー」


「まったく……ほら」


 マオが左腕をたくし上げた。

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