第21話 悩める者たちは出会う
影丸は開いているのか分からない細い目で、頷く。
分かりづらいが、若干嬉しそうにも見える。
そこで俺はハッとした。
「あ! 俺、馬鹿だ。アンネにお金もらうの忘れてた! 元の世界の財布を持ってきちゃったよ! ああ、もう何やってんだよ、俺は~」
本当、馬鹿。まだ俺は異世界に来たっていう実感が弱いのか……というより、いつものうっかりだな。
思いつきだったのと、ちょっと街に興味があったのとでこんなミスをするって……。
なんかガックリきた俺は、今日は帰ろうかな、と思うと、目の前で小さな小袋を影丸が摘まんでいる。
「……これは? え? お金を持ってきてくれたの!?」
なんて優秀なやつなんだ! 影丸。
こちらに来てこんなに感動したのは初めてだよ!
「ありがとう! 影丸! もうなんて言っていいか……」
俺が影丸に軽く頭を下げると、影丸はほんの少しだけ照れるような仕草の後、パッと姿を消した。
「あ、おい。ハハハ、意外と照れ屋なんだな。今度、お礼するから!」
俺は姿のない影丸にそう声をかけた。
「えーと……ここか」
俺は影丸に渡された地図を片手に、影丸に勧められたそれらしきお店を発見した。
入口からのぞき込むと、まだ早いのか客はまばらのように見える。
でも、影丸のお勧めだから、間違いはないだろう。俺は今、この世界で誰よりも影丸を信用していた。
「いらっしゃい~! 好きなところに座ってくださいな」
中に入ると、お酒や料理を運んでいるお姉さんが元気よく出迎えてくれた。
うん、いい雰囲気だ。
店内は外から見るより広く、薄暗くもない。
来ている客も胡散臭い奴は見当たらないし、客層も悪くないように感じる。まあ、まだこの世界に来たばかりだからよくは分かっていないけど。
それに料理の美味しそうな匂いが、俺の鼻を刺激した。
あ、そういえばアンネに夕食をいらないって言ってなかった。
まずいかな?
「影丸? アンネに夕食いらないって言うの忘れてたよ、どうしよう? え? 伝えてあるから大丈夫? こちらのことは気にせず心置きなく息抜きしていい? 本当にどこまでできる男なんだ、あんたは」
また感動しちゃったよ。
本当に今度、お礼しよ。
では、お言葉に甘えて、早速、お酒を頼もうかな。
俺はテーブル席ではなくカウンターに腰を掛けた。
「お姉さん! お酒が欲しいんだけど、どんなんある?」
「え? 麦酒に蒸留酒となんでもあるよ! お客さん、見ない顔だけどこの店は初めて?」
ああ、飲み屋でこういう会話って、あるんだなぁ。
これぞファンタジーって感じだ。
日本でお店に入っても、見ない顔だね、なんて言われないよな。
「あ、そうなんです。というより、この国には先日、来たばかりでね」
「そうなんですね、じゃあ、カッセルは麦酒が有名な国なんですよ。どの町も地酒が盛んで自分のところの麦酒が一番って言い合ってるぐらいなんだから!」
「へー、じゃあ麦酒を頂戴! それと適当にこの店の人気メニューを適当に見繕ってくれると助かるよ!」
「分かりましたー! 毎度ありー」
おお、元気なお姉さんの声に俺もテンションが上がるよ。
後ろを振り返れば店にもようやくエンジンがかかってきたように、客も増えてきて賑やかになってきているのが分かる。
いかにも冒険者っぽい姿の人間もいて、思わず俺は興味がそそられてしまう。
うわー、冒険話とか聞かせてもらえないかな?
そういえば、この世界もファンタジー世界よろしく冒険者ギルドがあるんだろうか?
今度、聞いてみよ。
しばらくすると大ジョッキにシュワシュワの麦酒がやってきた。
「はーい、お兄さん! ゆっくりしてってね!」
「おおし! いただきまーす! クゥーー、うめー!」
アルコールは初めてなんだが、これは美味い!
いやー、鬱屈した心が晴れていくようだ。
こりゃあ、はまりそうだよ。
知らなかったけど俺は酒と相性がいいのかもしれない!
すると、店員のお姉さんが選んでくれた酒のつまみが目の前に出された。
「お兄さん、いい飲みっぷりね! 気に入ってくれたみたいで良かったわ!」
「うん! 美味いよ、この麦酒! へー、これは貝?」
「そうよ! 王都の南にある湖に生息している淡水に生息しているマルコ貝よ。黒ビネガーと砂糖、葡萄酒、そして大将の秘伝のたれで煮込んで作るの。これはうちの名物で、酒の肴にピッタリ。さあ、食べて!」
「おお! ……美味い! 甘辛くて酸味も効いてる! 濃い味なのもいい!」
「でしょう? また自慢の料理を持ってくるから楽しんでいってね!」
「ありがとう! あと、麦酒もおかわり!」
「はーい! まいどー!」
元気がいいなあ!
それに酒も料理もいい!
影丸のお勧めは大正解だよ!
俺は上機嫌で酒を飲み続けた結果……、
「イヤー、いい気分だな、これ!」
気分が高揚してきた。
これがほろ酔いってやつか?
なんか楽しいし、後ろで盛り上がってる冒険者っぽい人たちにでも話しかけに行ってくるか!
俺はそんなことを考えていると、いつの間にか席を一つ空けた俺の横に麦酒をあおっている客を見つけた。
おお、いい飲みっぷりだな。
どうやら、こいつも一人で来ているみたいだ。
それでもうできあがっているのか、独り言を言いながら盛り上がっているようだ。
「ったく! 魔王なんてやってられるかってーの! 部下も面倒くさいのばかりだし! 酒でも飲んでなきゃいられねーよ、まったく……お、この鶏肉美味いわ! お姉さん! 麦酒もう一杯!」
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