第20話 悩める勇者と魔王③


「しかし!」


「待てと言っている。今、奴らを殲滅することもできるが、我々の目的はこの国の支配。人間どもをただ絶滅させるのではなく、苦しみと絶望に際悩ませる日々を送らせることだ」


 魔王はニヤッと歪んだ笑みを見せると、魔王の背後から邪悪なオーラが吹き出る。

 これはこの魔王にだけ発現した固有スキル【不滅のオーラ】だ。


「そのための方策を立ててきたが、勇者の出現で多少の変更が必要になっただけだ。多少のな……。何もこちらから慌てて仕掛けることもあるまい。もうカウントダウンは始まっているのだ。この国の命運が尽きるカウントダウンがな」


 ヴィネアはハッとしたように頭を下げた。

左右からに生える角に引っかかるように艶やかなグレーの髪が垂れる。


「は……なるほど、そういうことでございましたか。魔王様の深慮遠謀、恐れ入りました。それでは……私どもはその時のための準備をしておきます」


「うむ」


 改めて深々と頭を下げたヴィネアは、謁見の間に集まった多数のモンスターと共に姿を消した。




 魔王は完全に部下たちの気配が完全に消えたのを確認すると……、

突然、頭を抱えた。


「ヤベーじゃん! 勇者たち強いじゃん! 何あれ!? 何なの!? チーム構成とか編成はわけが分らんが、あの魔法とか打撃力とか半端ねーよ! あああ、あんなのと出くわしたら俺死んじゃうよ? 魔王死んじゃうわ」


 天を仰いで涙目になる魔王。


「大体、勇者とか何なの? いきなり来てあんな強い仲間とか汚いわ。自分が強くなくてもいけるじゃん。それで魔王倒したら自分の手柄でチヤホヤされんだろ? ふざけんなよ、ずりーよ。そんなら俺でも勇者やりたいわ! 俺も魔王倒して若い女の子にチヤホヤされたいわ! ……あ、俺、魔王だった」


 ハッとして魔王は、やるせない顔になり、「はあ~」と大きなため息をついた。


「あああ、やっと、あいつらの扱いが分かってきたのに。魔王然とした雰囲気が好きなんだろ? 特にヴィネアは」


 魔王はだらしなく椅子から今にも落ちそうな体勢でぼやいた。


「最近さ、あいつらどんどん強くなっちゃって……今じゃほとんどが俺よりも強いもんな。俺にあるのはこの役にも立たない【不滅のオーラ】だけ……。大体、何なんだよ、この不滅のオーラって。ただすごそうなだけで魔王っぽく見せるぐらいしか役に立ってないじゃん。邪気がすごいだけじゃん」


 魔王は立ち上がると玉座の周りをうろうろする。


「そりゃ、俺も魔王だよ? もちろん悪逆の限りを尽くしたいと思ってるさ。でもさ、仕方ないじゃん、自分で言うのもなんだけど、俺、多分、歴代最弱の魔王だもん。自分でも分かるもん」


 魔王はそう愚痴ると、玉座の背後にある円形の柱をグーで何度も殴るという意味のない行動をしている。


「部下だってさ、ヴィネアは美人だけど口うるさいだけだし、別に何にもしてくれないし。俺は魔王なんだからさ、こう……ご褒美とかあってもよくないか? あのエロっい体を使ってさ!」


 魔王はだらしない顔で鼻の穴をプクッと広げた。


「いや、それだけが目的じゃないよ? そうしたら俺も頑張るかもしれないじゃん。それにこんなこと考えても俺は問題ないから。だって魔王だから、欲望の化身みたいなもんだから」


 言いわけがましい魔王。

 因みにすべて独り言。


「あ~あ、魔王やってても何も良いことない。もう魔王やめたい……俺は何も考えずに人間に嫌がらせできればそれが良かったのに。何でいきなり魔王とかになっちゃったかなぁ。大体さ、作戦とか戦略とか考えるの苦手なんだよ。なんとなく人間が苦しみながら絶滅しねーかな、ってくらいだもん。俺は誰かに指示してもらった方が働けるんだよ。うん、俺はそういうタイプだ」


 魔王は先程、勇者一行の映像を映しだしていた水晶の方に目をやる。


「しかもさ! あいつら強いじゃん! なんだよ、あれ!? あんな魔法とか拳とか喰らったら一撃で死ぬわ! しかも回復役が俺より怖えーよ! 違う意味で」


 魔王はゼーゼーと背中で息をすると、少々、落ち着いたのか玉座にもう一度、腰を下ろした。


「それにしてもこんな弱小国家にあんなに強いのが二人。一人は俺より怖い回復役。勇者は雑魚っぽいけど、まだ未知数だ。こっちもヴィネアは相当、強いけどあのクラスとなると一人だけ」


 魔王は意を決したように両手を握り、鋭い眼光になる。


「街に飲みに行こ。魔王なんかやってらんねーよ」


 最近、魔王は部下にバレないように王都の飲み屋街に行くことが日課になっていた。


                 ◆


「えーと、ここら辺じゃなかったっけ? 飲み屋街って」


 俺は馬車で見つけた飲み屋街を探しつつ、街並みを眺めてそれなりに楽しんでいた。


「やっぱり、異世界なんだよな。それに王都だけあって活気もあるし、色々と興味を惹かれるお店もあっていいな。こりゃせめて、街だけでも楽しんでおこう。ああ、カメラがあったらなぁ」


 でも、もう日も傾きかけてきてるし、今日は飲むだけにしよ。

 おかしいな、馬車ではこの道を通って来たから……もうすぐのはずなんだけどな。


「影丸いる?」


 影丸が無言でスッと現れる。

 こいつ本当に凄いな。


「知ってたらでいいんだけど、飲みに行くのにいい店ある?」


 影丸は懐からチラシのような紙を取り出し、俺に差し出した。


「何これ? おお、お店の地図か! なになに? ここが現在地で……このお店がおすすめ? 飯もうまいし、値段も手頃ときたか。わあー、影丸ありがとう!」

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