第7話 人違い
「で、俺に付与されたっていう力ってどんな力なの?」
それが大事だよな。勇者個々で違うみたいだし。
できれば魔法がいいなぁ。
異世界だし、それは派手でカッコいいやつがいい。
あ、でも超人的な力も捨てがたいな。
群がる魔物を圧倒的な力で、っていうのも男は憧れる。
「あ、名称や効果はこれから調べないと分かりません。召喚終了後に付与された力はこちらにある巻物に浮き出てきているはずですので見てみましょう」
そう言うリンデマンさんの背後には分厚い本や巻物がどっさり置いてある。どうやらそれらが召喚術に関する書物らしい。
「凄い量の資料ですね」
「はい、召喚術はその場限りの術ではないのです。本番前に準備としていくつもの術を発動しておかなければならないのです。召喚される勇者をお迎えするのに必要な、いずれも初めての高等魔術で、私もいきなり責任者になって、この膨大の量の資料や段取りを把握するのは中々……」
よく分からないが、リンデマンさんも大変だったんだろう。
いきなり国家プロジェクトの責任者を任されたというところなんだろうな。それにしても小説みたいにとにかく召喚って訳じゃないのか。
リンデマンさんは資料を次々に開き、こちらの質問の回答になる資料をさがしているようだ。
「ですがマサト殿、何か体に変化は感じませんか? もうスキルは血となり肉となっているはずです」
「え? そうなの? リンデマンさん。うーん、特に何にも変わったところは感じないんだけどなぁ」
「そうですか、おかしいですな。大体の勇者は召喚の際に自分の新しい力にすぐに気づいて戸惑うことが多いと書いてあったのですが。おい、ちょっとそっちの文献を持ってきてくれ」
リンデマンさんは近くの人間に命じ、分厚い古びた本を受け取ると、ページを捲りながら中を確認している。
「ふむふむ。〝大抵の勇者はまばゆい光に導かれるような召喚に驚きつつも、その神聖さに心を奪われ、吸い込まれるようにやって来るだろう〟」
「は?」
まばゆい光? 神聖さ? あれが?
「何それ。無数の白い手が伸びて襲ってきたあれのこと? 神聖さどころか、恐怖心しか湧かなかったぞ。心じゃなくて命が奪われるかと思ったわ」
「……あれ?」
「あれ? じゃないよ」
おい、まさか。
まさかとは思うが失敗し……。
「「………………」」
俺たちは額から汗を流しつつ無言で互いに目を合わす。
「いやいや! えっと確か……あ、ありました! この巻物です。召喚術を発動した際に連動してこの巻物に付与したスキル、勇者自身の特徴や資質がこの巻物に浮かび上がってくるんです。云わば勇者の証拠、鑑定書みたいなものです。この巻物を見てみれば間違いないことが分かりますから!」
鑑定書って……人を骨董品みたいに扱いやがって。
リンデマンさんは焦ったように俺から目を逸らし、大量の汗を額から流しながら巻物を確認している。
「召喚術は神の御手によるものと言われてまして、あらゆる世界から勇者の資質のある人物を探知して、場所、時間を特定します。だから間違うはずなどないって、どこかに書いてあったと、思ったり、思わなかったり」
随分と適当だな、リンデマン君。
国家の命運を分けるかもしれない超重要な勇者召喚だろう?
そういうのは事前に確認し、書類は整理しておくものでしょう。
リンデマンはごそごそと大きな箱から上質そうな紙でできた巻物を乱暴に広げる。
「えー、えー、おお、ありました! 今回、召喚される勇者の特徴は……眉目秀麗、頭脳明晰、身体能力は他の追随を許さな……い?」
再びリンデマンと目が合う。
「眉目秀麗……あれ? なんか違うな」
失礼な。
というか、それ本物の鑑定書か? 眉目秀麗、頭脳明晰、身体能力は他の追随を許さないって……そんなチートな人物なんて中々いないだろう。
うん? うーん? そんな人物が身近にいたような。
「ででで、ですが、居場所も浮かびあってきてるんです。これは間違いなく勇者に反応している証拠! こちらに浮かび上がっています。これは……ちょっとこちらの言葉ではなくて私には発音が難しいですな」
居場所まででるのか、それはすごいな。
「リンデマンさん、それ俺にも読める?」
「あ、言葉も転移していますので、読めるはずですが……成功していれば」
自信無げに言うな。
「話している言葉は分かるんだから。ちょっと見せてみて……」
俺はリンデマンからその巻物を受け取る。
あー、どれどれ。魔法だからな、一体、どういう記載の仕方になっているか。
え? これ、日本の住所じゃないか! そのまま書いてあるぞ!
俺は浮き上がっている住所に目を凝らす。
「なになに? おお、県と町の名は俺の住んでいたところだ、合ってるな!」
「おお、では間違いないですな!」
ホッとしたようなリンデマンさんを見て俺もホッとする。失敗とかシャレにならんしな。
うちの住所は——県——町1の11の2だ。
「1の11の…………3?」
おおお、落ち着け、俺。もう一度、頭から確認しよう。
「——県——町 1の11の………さ————ん!?!?」
俺はクシャクシャになるほど、巻物を握りしめて顔を近づける。
うん、間違いない……間違いなく、
間違ってるぅぅぅぅぅぅ!!
俺は巻物の両端を掴んだまま震えているとさらに巻物が広がった。呆然自失で巻物に目を向けていると住所の横にさらに記載されている文字が目に入る。
「あぁあ!? 名前も書いてあるじゃないか! ゆうさき……たくや?」
あ……そう、いた。
眉目秀麗、頭脳明晰、身体能力は他の追随を許さない。
これをそのまま体現している人物がいたよ。
俺は顔を青ざめさせながらゆっくりリンデマンさんとマスローさんに顔を向ける。
二人は俺の表情から読み取るものがあったのだろう。
まさか? という表情で目を見開いている。
「これね」
「はい」
「隣の兄さんだからぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
呼ぶ相手を間違えていたので付与された力の内容は不明。
この大珍事発覚で目を大きく広げている周囲の人間たちの後ろでは。
「だってのう、もっと面白そうなのが近くにいたもんでの」
「……え?」
カルメンは後ろに振り返る。
そこには伝説の大魔導士ヘルムート・ファイアージンガーがいつも通りのニヘラ顔であらぬ空中を見つめていた。
「カルメンさん、飯はまだかのぉ?」
カルメンは眉根を寄せて首を傾げるといつものすまし顔になる。
「ヘルムート様、先ほどお食べになられたでしょう?」
「おお、すまんすまん」
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