第6話 マジか……②


「それで……魔王を倒さないと帰れないってことなんだが、魔王って何なんだ? なんとなくは分かるが、聞いておきたい。それに悪いけど俺は強くないぞ? 普通の学生だったんだからな」


 その問いにマスローさんが真剣な顔になる。


「魔王とは魔族の長にして、最強最悪の魔神ともいえる存在。人間やその他の人族、獣人族の永遠の敵でもあるのです。それが我が国にもついに現れ、大きな衝撃を受けておりました」


 まあ、ゲームやおとぎ話のまんまな説明だな。

 しかし、これで分かった。

俺じゃ無理だな。

何の力もないただの学生にできるわけが無い。

 ————でもそうなると元の世界には帰れない、と。

 なんつー理不尽な。

 このジジイたちはなんてふざけたことをしてくれたんだ。


「ソウヤ殿にしてみれば大変、驚かれたじゃろうが、どこの国も魔王が出現すると、必ず勇者を召喚してきたのです。我々にも選択肢はなかった」


 驚いたもどころじゃないぞ。

 すんげー怖かったわ。あんなにたくさんの白い手で呼びやがって。

 うん? どこの国も?


「えっと、魔王って一人じゃないのか?」


「魔王というのは何故か、一ヵ国に一人……いや、一魔王が現れるとされていますのじゃ」


「何? その一家に一台的な魔王は?」


「これはいまだにその理由は解明されておらぬのです。しかも必ずいつでも現れるものでもなく、ランダムと思えるくらいに不定期に、不特定の場所で現れます。大昔に一時期に三つの国に同時に魔王が出現し、大陸中が不穏になったこともあったとの文献もあるのです。ちなみに我が国では建国以来、一度も現れていなかったのじゃが」


「なんだ、そりゃ……。わけが分からん」


「はい、これは私どももなんとも。直近では隣国のオワーズで魔王が出現し、召喚された女性の勇者が見事討ち果たしたと聞いております」


「マジか。そいつ、女でどんだけ強いんだよ。というか、念のため確認しておくが魔王ってやっぱり強いんだよね」


「それはもちろん! その魔力は大地を切り裂き、その力は大岩を砕くと伝承されています」


 アホか。

 勝てるわけねーだろ。

 俺は武道の経験もないし、体育は平均点だぞ。

 それとこの人たちの説明を聞いていて大体、分かってきた。

自分たちで俺を呼んだ割には妙に不確かな情報が多い。召喚術についても同様だ。

 こいつらは魔王が全然現れなかったから勇者召喚術がなかったんじゃないか?

 それで他国の勇者召喚術を盗んで、今更ながらに研究していたら突然魔王が現れた。

 ていうことは、その召喚術、まだ完璧にマスターしてない可能性がある。

 しかも、その召喚術を施したのが、そこの伝説と言われているが、大昔に現役引退した爺さんだ。

 カルメンさんの後ろで、今もニヘラと笑いながら独り言を言っている。


「む……無理だ」


「は?」


「悪いが俺では無理だ。どう考えても俺では魔王に勝てる要素がない。大体、何で俺なんだよ。召喚術が失敗したんじゃないのか? 明らかに人選ミスだろう」


 マスローは一瞬、呆気にとられたような顔をしたが、事実だから仕方がない。

 というより、魔王に勝てるってどんな奴だよ。普通、無理だろ。

さっきの女勇者ってやつはどこかの別の異世界で元々大活躍してたスゲー強い奴だったかもしれんが、俺の世界にそんなやつはいない。


「ふふふ、大丈夫ですぞ、勇者殿。勇者召喚術とは太古に神が人間族に与えた秘術なのです」


 不敵に笑いだすマスローが、自信のありそうな目をこちらに向けた。


「勇者召喚術は、他の世界から勇者の資質のある人間をただ招く、というだけじゃないのです。先ほどもリンデマン伯が言いましたでしょう。召喚を受けた人物に有用なスキルを付与すると」


「それは聞いたけど、召喚された俺の資質と術者の能力が関係するんだろ? その時点で終わってるわ。俺は自分で言うのも何だが、元の世界では本当にただの一般人だ。それであそこのお爺さんが術者だろう?」


 カルメンさんにお菓子をもらって喜んでいる爺さんを見て、俺はさらに確信を深めた。

うん、期待できるものはない。


「いえいえ、勇者召喚術は召喚した際に特別な力を付与してこちらに招く、というのは決まっているのです。リンデマン伯が言ったのは、それに加えて、の部分を言ったまでです」


「え? じゃあ、今の俺に何かしらのスキルが付与されているのか?」


「もちろん、そのはずですぞ。与えられる力の種類や数は個々の勇者で違うみたいですが、これはすべての勇者にも言えることです。ですから勇者は魔王討伐の大きな戦力となるのです」


 お?

おおおお!?

 じゃあ、ま・さ・か、俺にも特別な力が!?

スゲーよ! スゲーじゃん! 

正直、冷めてたけど、そういうことなら少しだけテンションが上がる。

ベタだが力を手に入れて悪を倒し、民衆を救うというのはやっぱり憧れる。

 しかも、もしそれが本当なら……、


魔物を倒し、街に帰還する俺は多くの女性たちの黄色い声援の中を凱旋する。

 一緒に戦う仲間は俺以外すべて女の子で活躍する俺を尊敬と憧憬の眼差しで見つめている。

 中にはモテまくってしまう俺にやきもち焼いちゃうツンな仲間もチラホラ。

 そして、みんなで俺を取り合って……。


「勇者殿? 勇者殿! どうされました?」


「うわ!」


 素晴らしい脳内の光景がマスローの顔のドアップでかき消された。

 クッ! だが、いい。

 もう脳内映像なんて非建設的な想像はおしまいだ。

 今度は俺が不敵な笑みを見せる。


「ふふふ、マスロー宰相とやら。これからは俺のことを勇者雅人と呼ぶがいいでしょう」


「はい、えっと……とやら?」


 俺は今、天啓を得た。

 カッと目を見開きマスローに俺の底抜けに漏れ出すリビドー……いや! 正義の心を見せつけるべきだ。


「俺は魔王に苦しめられている人々を放っておくことはできない。この国を! 世界を! この俺の正義を貫かんとするパッションがそれを許さんのだ! フハハハハー!!」


「おお! 流石は勇者殿!」


「やってやろうじゃないか……その一家に一台の魔王を倒しに!! ハーハッハー!」


「でもなんか、笑い方が魔王っぽいですな、カルメン殿」


「はい、勇者の笑いに女として嫌悪感が湧きました」


 ああ、そこうるさい。



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