第5話 マジか……


「ちょっと、待ってくれ! 俺は元の世界に帰れんのか!?」


「あ、それはわたくし、勇者召喚の担当をしているオットー・リンデマンから説明をいたしましょう」


 マスローさんの後ろに控えていた、リンデマンさんという爺さんが現れた。

 この人もこの国のお偉いさんらしい。

というか、爺さんしかいないんだけど、この部屋の中。

 一人、宰相の秘書官をしているっていうカルメンさんという女性がいるけど、何故か男装のような格好してるんだよな。

顔は美人だけど無表情でまるで男役を演じている女優みたいだ。


「この勇者召喚術は帰還術とセットみたいですので、帰れると聞いております。その辺は安心して大丈夫かと」


「そうか、良かった! いや、良くはないが良かった! ……うん? でも何、その他人から聞いてきたみたいな言い方は。本当に大丈夫なんだろうな」


「あ、いや、我々も勇者召喚は初めてでして、色々と分からない点がありましてな。他の国の召喚術をパクっ……オッフォン! 研究しているところもございます」


「パクっ? 何? パクったって言おうとした?」


「研究です」


「……」


 俺の視線にリンデマンさんは目を合わせようとしない。

 こいつら、まさかとは思うが、勇者召喚のことをよく分かってないんじゃないだろうな。


「いや、ですから他国の例を見ますと召喚された勇者は魔王を倒した後に皆、元の世界に帰還を果たされているようですから大丈夫です」


「むむう……それなら希望はあるってことか。最悪な事態だけど」


「そうですぞ! それに今回はこの勇者召喚のために我が国へ招いた生ける伝説の大魔導士、ヘルムート・ファイアージンガー殿が術者なのです」


「それが何? 何か良いことでもあるの? こっちは呼ばれただけで最悪なんだけど」


「勇者召喚は召喚された勇者に有用なスキルを付与することができる秘法です。これには勇者本人の資質と術者の能力がこのスキル付与に大きく関係するのです。つまりマサト殿はこちらの世界の伝説の大魔導士に召喚された勇者ですから、きっとたくさんのスキルが付与されていることでしょう。安心して頂いてよいですぞ!」


 妙に大きい声でリンデマンさんはその伝説の魔導士という人物を手のひらで指し示した。

 おお、そうなのか。

 伝説の、と言われると何かこう頼もしそうな、男心をそそられるよな。

 見てみればカルメンの後ろに控えた伝説の大魔導士は腰も曲がったものすごい高齢な爺さんがいた。

 深いしわと白髪をのばしたままの長髪で確かに雰囲気がある。

指輪を探す物語に出てきそうな感じもいい。

 俺の表情を読み取ったのか、リンデマンさんも満足気な顔をした。

 するとその大魔導士とやらがプルプル震えながら、カルメンさんの上着を摘まんだ。


「カルメンさん、飯はまだかのう?」


「ヘルムート様、先ほどお食べになられたでしょう?」


「ああ……。あ、カルメンさん、トイレはどこかのう?」


「ヘルムート様、先ほどトイレには行っておられましたでしょう?」


「おうおう……。ああ、カルメンさん、ばあさまはどこかのう?」


「ヘルムート様、奥方様は数十年前に他界されたと聞いておりますよ」


 ………………あれ?


 俺はリンデマンさんとマスローさんに目を移す。

 二人とも目をそらした。


「おい、リンデマンさん」


 口調も思わずため口になる。


「な、何でしょう?」


「伝説の大魔導士って言ったよね」


「は、はい」


「伝説って……いつ頃の話かな」


「あ……どちらかと言うと結構前ですかな? そ、そうですよね! マスロー宰相閣下」


「え!? お、おお、何て言っても伝説ですかならな! どちらかと言うと大昔ですかな」


 どちらかと言うとって何だ?

 伝説って……冷静に考えると明らかに一線を退いて、余生を静かに送っているただのお爺ちゃんじゃないのか。

昔はすごかったか知らんが。


「あはは、勇者殿。大丈夫です、大丈夫です! 必ず帰還は出来ますから! 魔王を倒すころには間違いなく! 我々を信用してください!」


「ムムウ」


 色々と胡散臭いが、とにかく強引に説得された。


「じゃあ、どうやって帰るんだよ?」


「召喚術の逆をやれば良いのですが、今は出来ません」


「は? どういうこと?」


「帰還の術は魔王を倒したときに始めて発動するようになっているんです。この術は古の秘術で謎が多いいのですが、どうやら召喚とセットになっている術のようなんです。伝えられるところでは、魔王の邪気が帰還の術を邪魔するということがあると」


「はあ!? き、汚い。そんなの人質みたいなもんじゃねーか!」


「しかも、勇者帰還術の発動は一回きりしかできないとも記載があります。ですので、無理に発動して失敗したら、二度と……」


「なおさら汚い!」


 信用できないからちょっとその術を見せてみて、と言ってどさくさで帰ろうとした俺の乾坤一擲の作戦ができないだと!?

 ここにきて俺は顔を引き攣らせつつもよく理解した。

 結局、勇者召喚とか聞こえの良い言い方をしているが、これはただの拉致被害の何物でもないことを。




 というやりとりがあり、今に至る。

色々と心配や不安は絶えないが、ここで泣き叫んでも仕方ない。

 というか諦めた。

 俺は経験上、自分の力ではどうしようもないことがあるのを知っている。

 そういう時に自暴自棄になっても何も生まない。

 それは家族を失った時に身に染みていた。




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