第3話 仏壇からの召喚
「ハア~、何もなく終わった。自然な感じは出来ていたよな? 結局……プレゼントを渡しただけになっちまったよ」
自宅の門を抜け、ドアの前で鍵を探しながら俺は思わず思ったことを口にしてしまった。
そら、独り言もでるよ。
結構、気合を入れていったデートだったしさ。
「やあ、雅人君、今、帰りかい?」
うなだれていた俺は突然、話しかけられて狼狽した。
え!? ヤバい。独り言を聞かれたかな!? は、恥ずかしい。
迂闊にも同時刻に帰宅して来た隣人の拓也兄さんがこちらを見ていた。
「あ! 拓也さん、はい、そうです。拓也さんも、ゼミの帰りですか?」
「いや、今日は居合の審査会があってね。どうしたんだい? 元気がなさそうに見えるよ?」
「いえ、大丈夫です! 元気ですよ! それにしても居合ですか」
「ああ、ちょっと興味が湧いて、去年から通い始めていてね」
相変わらず、さわやかな笑顔だよな、拓也兄さんは。
しかも居合道場にも通ってたのか。
「本当に多芸ですよねぇ、拓也さんは」
この隣人で一つ上の勇崎卓也さんは、街でも……いや、俺が知らないだけでもっと幅広く名の知れたお兄さんかもしれない。
拓也さんは日本の最高学府に通う大学生だが、近々、アメリカのボストンの大学に留学するという話を聞いたのは最近のことだ。
それでいて、ずば抜けた身体能力もあり、数々のスポーツで功績を残している。
さらに言えば、今、説明したことだけでもとんでもない超人ぶりなんだが、何といっても目立つのはその容姿。
すれ違う女性がつい振り返りたくなるような、さわやかで端正な顔に八頭身を超えているのではないかというスタイル、それで性格もいいときた。
まさに頭脳成績、眉目秀麗、品行方正、スポーツ万能が服を着て歩いているというお兄さんで、俺がリアルでチート持ちっているんだなって本気で思った人でもある。
「あはは、そんなことはないよ。そういえば雅人君も今年から大学生になったんだね、お互い頑張ろう」
「はい……頑張ります」
この完璧超人に言われると、もはや嫌味にもならないな。
すべてのスペックのスケールが大きすぎて、俺のような一般人の悩みなんか、分からんだろうなぁ。
「じゃあ、またね、雅人君」
「はい、じゃあ、また」
家の中に入り、俺は上着をリビングの椅子にかけてソファーに体を投げ出した。
「祥子ちゃん、相変わらず可愛かったなあ! なんか急いで帰ったようにも見えたけど、何か急用でもできたのかな? ああ! 今日こそは決めたかったのにぃ!」
今日は俺と七瀬祥子ちゃんという女の子との一世一代の大事なデートだった。
というのも、今日は祥子の誕生日だったのだ。
これほど告白するのにおあつらえ向きな日はないだろう?
そして、俺には勝算もあった。
何故なら、その祥子ちゃんにとっても特別であろうこの日に自分とのデートを承諾してくれたのだ。
俺はそれを自分の出遅れた青春の始まりを意味するものと喜びにあふれていた。
いや、申し訳ない、正確に言うと欲望もあふれていた。
俺はソファーの上で湧き上がる熱い感情のままにクネクネと悶えてしまった。
「でも帰っちゃったんだよなぁ。急ぎすぎたのか? いやいや、プレゼントを渡した時は喜んでいたんだ。じゃあ、何が悪かったんだ? 俺なりに自然体でいたはずだぞ? でもこれからって時に帰ったもんな」
気持ちの悪い発言と思われるだろうが、この家には俺しかいないので問題はない。
俺は両親を小学生の時に事故で失い、その後、母方の祖母のところに預けられて生活をしてきた。
でも、俺の母の代わりでもあったばあちゃんは今年の3月に亡くなった。
ここまで育ててくれたばあちゃんには、いつかこの恩を返したいと思っていたんだけど、それもできなくなってしまった。
つくづく、お礼というのは後回しにしてはならないと身に染みたもんだ。
結果、俺は残されたこの一軒家に一人暮らしをしている。
俺は携帯を取り出すと大学に入ってすぐに友達になった田中君に電話した。
この田中君というのはリアルを楽しんでいる典型的な人物で、祥子ちゃんも田中君の彼女の伝手で紹介してもらったのだ。
中々……いや、とんでもなく出来る男だ。
何となく気が合って、今は一番仲の良い間柄かもしれない。
〝おう、雅人か。どうした?〟
「いや、ちょっと田中君にアドバイスをもらいたくてな。今日さ、祥子ちゃんと会ったんだけどさ。————で、帰っていったんだけど、俺、何か悪かったのかな、と思ってさ」
〝ほうほう〟
田中君の反応は上からの目線の態度のように感じるが、実際、リアル充実度で俺よりはるか上に位置する男だ。だから仕方がない。
〝そうだな……お前の悪いところといえば、一つだけ言えることはあるな〟
「おお? 何?」
〝顔かな〟
「は?」
〝アドバイスとしては……生まれかわるか、価値観の違う異国の地への移住だな〟
「うおい!! そんな身もふたもないアドバイスを聞いてんじゃねーよ!」
〝はあ~、実はな、俺の彼女が祥子ちゃんから色々と相談を受けてな。色々と聞いてんだよ。お前のことを祥子ちゃんがどう言っているか〟
「マジか!? 何て言ってた!?」
俺は思わぬ情報にガバッと体を起こす。
それは是非、聞きたい。
〝こんなに表情から欲望を隠せない人は初めて見た……とな〟
「ゴハッー!」
俺は無傷のまま体中から血を吹き出しそうになった。
そんなに己の欲望を表現していたわけはない……いや、ないはずだ!
「そ、そんなことないよ! 俺は祥子ちゃんその人を見ていたよ! いや、ちょっと、胸部に目がいっていたかもしれないが、それは顔を見ていると気恥ずかしいからだよ?」
〝顔を見て気恥ずかしいと思う人間が胸を見るな。もう少し、自重しろ。山にでも籠って欲望を消す修行をして出直してこい〟
「こ、これでも一生懸命抑えてたんだよ、ううう。でも二人きりになると、この俺の愛という名のパッションが表に……」
〝リビドーの間違いだろ。お前な、あの子は結構、ピュアな子なんだよ。だからお前の邪まな目に耐え切れなくなったんだろう。そう考えればよくデートに付き合ってくれたと思うぞ。お前には不釣り合いな、いい子だったってことだな〟
「そんなぁ」
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