11-1(41)

 カーテンコールのない身勝手なラストカットから舞い戻った僕は少し仮眠

した後、決心が揺るがない様すぐさま決行の準備に取り掛かった。

 少し大きめのデイバッグに縄の束、カッターナイフに加えウイスキーや

少量のスナック菓子を詰め、大家さん宛ての手紙をキッチンテーブルに置く

と残るはガス栓のチェック等、最後の戸締まりのみとなった。

 馬鹿げた症状”確認行為”のせいで何度も何度もロックを確認強要される

もなんとかクリアした僕は予定より少し遅れて現在公園に向かっている。

 ここで注意すべき点はただ一つ、それは警官に出会わないよう細心の注意

を払うことだ。

 もし職務質問されれば確実に今夜の執行は延期となるだろう。

 僕は警戒しながらも怪しまれないよう慎重に歩みを進め、無事公園内部に

足を踏み入れると一気に実行場所を目指した。


〈ザクッ〉

    〈ザクッ〉

        〈ザクッ〉…… 


 よし、とりあえず誰にも会わなかったし、この暗さだとまず見つから

ないな。第一段階クリアってとこか。

 

 僕はバッグから縄を取り出し、予め決めていた枝にしっかり固定すると

首を入れるワッカ部分を握りしめ全体重を掛け何度も引っ張ってみた。


〈ギシッ!〉〈ギシッ!〉〈ギシッ!〉

 

 よし、完璧だ。後は太い幹のこの出っ張り部分に足を掛け、ワッカに首を

入れば全てが終わる。


 僕はその場に座り込むとバッグからウイスキーボトルを取り出し、ラベル

を見つめた。

 普段飲むことのない少々高級なスコッチウイスキーのアルコール度数は

42度と記載されていた。

 覚悟を決めたとはいえ、やはり恐怖心というのはそう簡単には拭えない。

 僕は紙コップにウイスキーを半分ほど注ぎ込むとそれを一気に飲み干した。


「うっ……」〈ゲホッ!〉〈ゲホッ!〉


 さすがにストレート一気飲みはウイスキー初心者の僕には少々キツかったが

2杯目、3杯目、4杯目とたて続けに飲み終える頃には酔いが回ったのか

もう何も感じなくなっていた。

 地面から草の香りと土の蒸れたような匂いがゆらゆらと立ち込める。

 それは小学生の頃、クラスメート全員で公園の芝生でお弁当を食べた時

とよく似た匂いだ。 

 あの頃の僕はお弁当を出来るだけ早く平らげ、鬼ごっこなどの遊びを優先

する他のクラスメイトとは異なり食事にたっぷり時間を掛けていた。

 クラスで孤立状態が続く中、当然遊びに誘ってもらえるはずもなく

また自ら積極的な行動すらためらう僕はこうするほかなかったのだ。

 皮肉なことに今夜も僕はこうして死を目前に一人孤独に酒を浴びている。

 

〈ピ―ポ――ッ〉〈ピ―ポ――ッ〉〈ピ―ポ――ッ〉……


 微かに救急車のサイレンが聞こえる。

 早ければ明日の早朝、遅くとも2、3日後に僕は発見され救急車で病院

に運ばれるだろう。

 アルコールが全身に行き渡ったのか次第に死に対する恐怖心のようなもの

がすっかり薄れだした。 

 今が決行の時と感じた僕は紙コップを置き、ゆっくりと立ち上がろうとした

その瞬間! 公園の中央付近に人の気配を感じ取った。  


(誰かいるのか?)


 僕は物音を立てないよう慎重にその場にしゃがみ込み息をひそめた。


〈ザクッ〉

    〈ザクッ〉

        〈ザクッ〉……


 足音が確実に僕が身を伏せているこの場所に向かって近づいて来た。

 

〈ザクッ〉〈ザクッ〉……


 そして遂に頭を抱え地面の土を直視する僕の前で足音が鳴り止むと頭上

から聞き覚えのある声が!


「ちょっと、こんな所で何してるのよ」


 僕は恐る恐る頭を持ち上げると目の前には腕を組み、仁王立ちする女性が

鋭い眼光で僕を睨み付けていた。


『うわっ!』


「ナ、ナオミがどうしてココにいるの?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る