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「……作家さんって結構大変なのね」
「い、いやボクはまだ一度も出版してないんで作家ってほどじゃ」
「でもちゃんと2つとも完結させたじゃない。それって私たちが一番望んでる
ことなのよ」と彼女はニッコリ微笑んだ。
「ちなみに完結させるとどうなるんですか?」
「そうね、キャストを全うした充実感や爽快感に全身が満たされるのよ。
それはたとえハッピーエンドでなくってもそれなりに感じるものなのよ」と
彼女は満足そうに何度も頷いた。
「へぇ~ もっとこの世界について話してもらえませんか? ぜひ今回の作品
のヒントにしたいんで」と僕はバックからノートとペンを取り出した。
「いいわよ。そうね~ まずレン君がこの世界の人間じゃないって分かった
理由なんだけどね。さっきレン君焦って息上がってたでしょ。でも私たちは
焦ってもあんな風にはならないの」
「そうそうミサキさん、さっきそんな事言ってましたよね。で、どうして
なんですか?」
「私たちは基本レン君のような作家さんが操った文字や記号でできているの。
だから生身の肉体を持たない私たちはどこへでも瞬時移動可能だし、レン君
のように疲れたりしないのよ」
「あっ、そっかー 確かにそうですよね!」と僕はまじまじとミサキさんを
見つめた。
「ちょっと~ そんなにジロジロ見ないでよ」
「いや、ミサキさんってホント良く仕上がってるなって。きっと作者は僕
なんかと違ってセンスアリアリのベストセラー作家なんでしょうね」
「ふふっ、ありがと! そんなに褒めても何も出ないわよ」と彼女は長い脚
を組み替えた。
「ところでミサキさん、そのコート暑くないですか?」
「あぁ、このコートね。実は脱ぎたくても脱げないのよ、私の作者が衣装
チェンジしてくれるまではね」と彼女は滑らかなコートの裾を軽く引っ張った。
「でもそれじゃ暑くって大変じゃないですか?」
「それがそうでもないのよ。実は様々な衣装をまとったキャラクターが戻って
来るこの世界では衣装に関係なく全員が平等に快適さを得られるように各個人
ごとに温度設定されてるの。つまりどんな格好でも体感温度は同じって事ね」
と彼女はまくった真っ白な左腕を僕に向けさするような仕草を見せた。
「へぇ~ 面白いですね」と僕は試しにもう一度上着を羽織ってみた。
「どう? 暑くもなく寒くもなく快適でしょ!」
「ホ、ホントだ~ 着ても着なくても体感的に同じですね」
「でしょ~」と柔らかな笑みを浮かべる彼女のことを僕はもっと知りたくなり
少しプライベートな質問をしてみた。
「あの~ ミサキさんって今どんな作品に出てるんですか?」
「そうね~ ジャンルで言えばミステリー系かな」
「じゃ~ ミサキさんなら当然主役級で難事件解決に立ち向かうクールな
女刑事役とか、普段はお屋敷に住むお嬢さんだけど実はワタシ名探偵ミサキよ!
な~んて感じかな。当たってます?」
「残念ながらどっちもハズレ。私はヒロインでも何でもなく単なる脇役よ」
「えっ、そうなんですか、なんか意外ですね。ミサキさんならてっきり
主役だって思ったんですけど。なんかすみません、変な事言っちゃって」
と僕は恐縮ぎみにしれっと目線を逸らした。
「大丈夫よ、別に気にしてないから」
「ホントですか?」
「本当よ。脇役は脇役なりに慣れればそんなに悪くはないのよ。拘束時間は
短いし、変な事件に巻き込まれずに済んだりね。結構気楽なもんよ。ただ
スタンバイの時間が長いんでちょっぴり退屈だけどね」と彼女は無邪気に
微笑んだ。
「ミサキさんはヒロイン的な役柄に憧れたりしないんですか?」
「まぁ、憧れないって言えばウソになるわね。でも現実的に主役やヒロインは
全キャストの中でもほんの一握りだし結構大変なのよ」
「そうなんですか?」
「そうよ。だって主人公が平凡な人生歩んでもしょうがないじゃない。大抵
酷いイジメや裏切りの経験から病気や事故に遭ったりとまさに波瀾万丈の人生
を経験するケースが多いのよ。そんな辛い試練、今の私に乗り切れるかしら?
正直、ちょっと無理かもね。それに私たちは自らの意志でこの先の人生を
選択する事が出来ないしね。……まぁ、だからってワケじゃないけどそれなら
せめて与えられた役柄だけでも私なりに精一杯演じてみようって、そう考える
ようになったの」と彼女は少し複雑な表情を浮かべた。
「ミサキさんってなんか成熟した大人の女性って感じで素敵ですよね!」
「ずいぶん私を褒めてくれるのね、ありがと。でも私だけじゃないのよ。
ココにいる主役級以外のほとんどの人や動物、植物や建造物から備品に至る
まで各自それぞれのシナリオがあってね、誰一人不平不満を言わずキャスト
として与えられた役割を懸命に演じているの。カーテンコールのような達成感
を得るためにね」と先程とは一転彼女の表情が和らいだ。
「へぇ~」と僕はノートを閉じながらつい大きなため息吐いた。
「どうしたの? そんな大きなため息なんか吐いちゃって」
「いや、僕の住む世界とは随分違うなって」
「どう違うの? 私にもレン君の住む世界の話聞かせてよ!」と彼女は閉じた
両膝をクルッと僕の方に向けた。
「ボクの住む世界も基本的にこの世界とよく似た色んな立場、ココでいう多種
多様なキャスト達が混在する社会なんです。ただミサキさんと違って僕たちは
自分の意志で進む道を選択出来るんですけどね。あっ、これって結局自分で
自身の人生を執筆してるのと同じですよね。え~ 何だっけ。あっ、だから
とりあえず誰でも望むキャストに挑戦可能なんですけど実際は本人が望む結果
を得られないケースが多かったりするんです、残念ながら」
「じゃ~ 努力が無駄になるって事?」
「まぁ、それも経験として次に繋げようと考える人やそうでない人、それぞれ
なんですけどね」と僕は脚を組み替えた。
「なんか気使っちゃうって言うか人間関係が難しそうね」
「そうなんですよ。なんでアイツがって感じて妬みや嫉妬で自暴自棄に
なったりしてね。色々ややっこしい世界なんですよこれが」と僕は再び深い
ため息を吐いた。
「な~んか私たちみたいに最初っからガラガラポンで配役される方が
よっぽど気楽かもね。どうせいつかはエンディング迎えるんだし、いちいち
今の役所に不平不満を言ったところで次作品ではそれぞれまた違う役所を
演じるワケだしね。あっ、だから私たちみんな互いに仲いいのかもね!」
と彼女は僕とは対称的な明るい笑顔を覗かせた。
「保証のない中途半端な選択権ならハナからない方がいいんですかね?」
「難しい質問ね。でも自分で決めたんだから結果はどうであれ私たちより
少なくとも納得感みたいなモノあると思うわよ」
「まぁそうですよね。どちらの世界も一長一短って事か」
『うわっ!!』
「どうしたの、ビックリするじゃない!」
「い、いま目の前を血まみれの男の人が物凄い速さで通りませんでした?」
「うん、通ったわよ」
『うわっ!!』
「だからいちいち大きな声出さないでよ!」
「だ、だって……」
「だってじゃないわよ。ココはレン君たちが作った創造物の世界よ。
そりゃ~ 色んなキャストがいて当然でしょ」
「そ、そうですよね。あっ、あそこの木のそばにいるの、何だっけ下半身が
馬の~」
「ケンタウルス?」
「そう、ケンタウルスだ。なんか意外と迫力ないですね」
「あれはケンタウルスじゃないわよ。だってあの下半身はどう見ても鹿よ」
と彼女は含み笑いを浮かべ指差した。
「ホントだ。どうりで迫力不足なわけだ、ははっ!」
「あの作者きっと奈良出身かも」
「可能性アリですね、ふっ!」
その後もしばらくの間僕は目の前を行きかうキャストたちをまるでテーマ
パークのパレード気分で眺めながらミサキさんとの会話を楽しんでいたが、
次第に広がる不穏な空気をいち早く察したのか彼女の表情が突然こわばり
始めた。
「ミサキさん、大丈夫ですか?」
「レン君、そろそろ帰った方がいいかも」
「えっ、もう少しいちゃダメですか? 実はミサキさんに相談があるんです
けど」
「今日はもう無理よ。だってみんなレン君のこと気づき始めてるみたいなの」
と彼女は突然立ち上がり僕の右手をつかむとそのまま僕を庇うように
ケンタウルスがいた木がある方へ向かって歩き出した。
「あの~ ミサキさん、帰りは逆方向なんですけど」
「大丈夫よ、あの木の向こうにもレン君の世界に繋がる場所があるから」と
彼女は更に歩くスピードを上げた。
「やっぱりボクはココにいちゃダメなんですかね?」
「そりゃそうよ。レン君は書き手なんだから」
「でもこの世界のどこかに僕が書いたキャストもいるんだし、ちょっとぐらい
大目に見てくれてもイイと思うんですけど」
「そうはいかないわよ。書き手がこの世界に自由に出入りするとキャストとの
癒着問題を疑われたり、最悪この世界の秩序崩壊に繋がっちゃうんでレン君
だけじゃなくこの私も罰せられるのよ」
「えっ、ミサキさんもですか?」
「そうよ、だから急ぎましょ!」と僕の手を握る彼女の圧がいっそう強くなった。
「と、ところでその場所ってどこにあるんですか?」
「確かこの辺りにあったような……、あっ、あそこよ!」と彼女が指差した
その先には古い民家が5軒ほど建ち並び、建物自体特に変わった様子はないが、
2軒目と3軒目の狭い隙間から何やら光らしきものが見えた。
彼女に手を引かれその隙間を覗き込むとそこにはあの公園と同じ虹色の光の帯
が少し傾いた状態で眩いばかりの光りを放っていた。
「ふぅ~ これで無事帰れるわね!」
「どうもありがとう、ミサキさん」
「そういえば私に何か相談したいって言ってたけどまた今度聞いてあげるね」
「えっ、また会ってくれるんですか?」
「もちろんよ。私、よくあそこに見えるレストランで食事してるから今度
来たらまず最初に立ち寄ってみて!」と彼女が指差す先には錆びた鉄骨が
むき出しの今にも崩れ落ちそうな建物以外何も見当たらず僕は思わず彼女に
聞き返した。
「ミサキさん、どこですか?」
「えっ、あるじゃない」と彼女が再び指差す方向は変わらなかった。
「まさかあの幽霊屋敷みたいなのがレストランなんですか?」
「そうよ、この辺りじゃかなりの有名店なのよ」
「へぇ~ じゃ、今度来た時まず最初に立ち寄りますね!」
「うん、上手くタイミングが合うとイイね」とニッコリ微笑むと彼女は優しく
僕の手を引き、光の帯近くまで誘導してくれた。
「レン君、次来る時はキャストにいちいち反応しちゃダメよ。常に冷静沈着、
落ち着いて行動するのよ」
「はい。それじゃ~ ミサキさん、さよなら」と僕は軽く手を振り光の帯を
抜けるとそこは地元近くの公園ではなく、長年放置され背の高い雑草で覆われた
空き地のような場所だった。
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