7-5(27)
「だ、大丈夫ですか?」〈はぁ〉〈はぁ〉……
ハイハイ状態で女性に近づくと彼女は呆れた表情を浮かべながら身体全体
を使って大きく息を吐いた。
「一体どういう事?」
「あの~ お怪我はないですか?」
「えぇ、何ともないわよ。それよりアナタこそ大丈夫? そこ血が出てるわよ」
と彼女は僕の肘の辺りを指差した。
「あっ、ホントだ」と僕は担いだバッグからばんそうこうを数枚取り出すと
「コレ使われますか?」と彼女に尋ねてみた。
「ありがとう、でも私は必要ないわ。それよりアナタの方が」と彼女は僕から
ばんそうこうを取り上げ紙を丁寧に剥がすと僕の肘にそっとあてがってくれた。
「ど、どうもありがとう」
「他に怪我してる所は?」
「あっ、いやもう大丈夫です」と彼女の優しさに少し照れ笑いを浮かべた。
「ねぇ、ちょっとココ出て話さない?」
「えっ、ココから脱出出来るんですか?」
「もちろんよ。どうしたの? そんな心配しなくっても大丈夫よ!」と彼女
がホコリを払いながら立ち上がると得意げな表情を浮かべ手を差し出した。
「あっ、だ、大丈夫です。自分で立てます」
「そう、こっちよ」と彼女は僕に手招きし、家屋とビルが不自然に結合した
場所で立ち止まると結合部分を数回軽く叩くような仕草を見せボソッと呟いた。
「悪いけど通るから開けもらえる?」
すると微かなきしみ音と共に双方の壁が両端に引っ張られ、現れた隙間
から太陽の光が一気に差し込むと彼女は一言お礼を口にし再び僕に向かって
手招きした。
僕たちは開いたばかりの隙間を通り抜け、ようやく視界が開けると彼女は
目の前の歩道に不造作に置かれているベンチの固まりを指差し僕にしばらくの
間座って待つよう指示した。
正確には分からないがゆうに10脚は超える木製のベンチは不規則に
並べられ僕は一番きれいな長めのベンチに座り彼女を待つことにした。
数分後、飲み物らしきモノを両手に持った彼女が笑顔で僕が待つベンチに
小走りで近づいて来た。
白くフワフワした柔らかそうな帽子を真深に被り、その両サイドから肩近く
まで伸びた黒いストレートの髪を交互に揺らす彼女に僕はつい目を奪われて
しまった。
透き通るような白い素肌の彼女は目鼻立ちがハッキリとした正統派美人で、
上品なクリーム色のロングコートを羽織るその姿はまるで雑誌から抜け出した
モデルさんのようだ。
「疲れた? 随分酷い顔してるけど。はい、これどうぞ!」
「ありがとう」と彼女から飲み物を受け取るとそのあまりに熱さに思わず
落としそうになってしまった。
「ごめん、熱かった? それ逆さにしたら冷たくなるから好き方選んでね」
「あっ、だからこの缶上下に2つの飲み口があるんだ。へぇ~ スゴイな」
と僕はCOLDを選び半分ほど飲み干した。
「どう、美味しい?」
「う、うん何かスッキリしたような」(まぁ味は普通のお茶かな)
「ところでアナタココの住人じゃないでしょ」
「えっ、やっぱり分かります? 何か特徴でもあるんですか?」
「そりゃ~ さっきまでの慌てっぷりと『はぁ』『はぁ』っていう息づかい
を聞けばね」
「だって、あんな怖い思いすれば誰だって焦ってあ~ゆう風になりますよ。
この世界の住人は息上がったりしないんですか?」
「しないわね」
「えっ、しないって?」
「私はミサキ、よろしくね!」
「あっ、僕は田町レン。こちらこそよろしく」
「レン君って呼んでいいのかな?」
「は、はい、どうぞ」
「じゃ~ レン君、さっき何があったの?」
「いや、だって急に道が消えたり周りに死体が転がってたら誰だってパニック
になりますって!」と僕はジェスチャーを交えながら至って冷静な彼女に当時
の状況を必死に訴えた。
すると彼女は全てを見透かしたような表情で僕の壮絶なる恐怖体験の
カラクリを説明してくれた。
「レン君が見たっていう固まった人は死んでしまったわけじゃないのよ」
「で、でもおじいさん息してなかったんですけど……」
「まぁそうなんだけど正確にはスタンバイ状態、パソコンでいうスリープ
モードって感じかな」
「何なんですかそれ?」
「つまり作者が何らかの理由で長い間その人物の描写を止めるとレン君が
さっき見たような状態で固まったまま動かなくなってしまうのよ」
「へぇ~ じゃ、もし作者が執筆活動を完全に止めたらどうなるんですか?」
「そうね~ いずれ消えてなくなるんじゃない」と意外にもあっさり答える
彼女とは対称的に作家サイドの僕はその責任の重さを改めて痛感した。
「あの~ ミサキさん、薄々感じてたんですけど僕がいるココって何て
言うか~ いわゆる創造された人たちが集まる世界ってことですか?」
「そうよ、正確には戻るかな。それと人だけじゃなく創造された物もね」
「えっ、じゃ~ あのビルや木造の建造物も誰かが描写したんですか?」
「もちろんよ。今私たちが座ってるこのベンチもそうよ」と彼女がベンチ角
を擦ると突然ベンチが波打つように揺れだし僕は慌てて立ち上がった。
「うわっ!!」「い、いま一瞬揺れましたよね?」
「そうね~ 揺れたわね。どうかした? だって生きてるんだもの当然よ」
「えっ、い、生きてるんですか?」
「そうよ。ここにいるベンチたちはきっと各作品内での境遇が互いに似てる
んでこうやって親近感を持ちながら一か所に集まってるんじゃないかしら」
と彼女は愛おしそうにベンチの角を再び撫で始めた。
「なるほどあの時ミサキさんが壁に向かって話掛けたり、僕が帰り道を失い
パニックになったのもそういうことか」と僕は内情をようやく理解しほっと肩
をなで下ろした。
「建物はじっとしてないからね。それとちゃ~んと息もしてるのよ。レン君
気付かなかった?」
「息? あっ、そういえばたまに変な臭いが漂ってる場所があったけどアレ
って口臭? いや家臭ですか?」
「ふふっ! 何て言うのかしらね。人間の歯周病みたいに作者がいい加減な
描写して建物の基礎部分が腐敗しちゃってるのかもね」と彼女は下唇を下に
引っ張ると笑顔でピンク色の歯茎を僕に見せつけた。
「ミサキさんて結構面白いですね!」
「そうかな? 私はクールだと思うんだけどな~ まっ、それよりどうして
私たちの世界に来たの?」
「実はボク、恋愛小説の続編を半ば強制的に執筆中で……」
2人の体重が重いのか或いは接触部分が蒸れて気持ち悪いのかは分から
ないが、ベンチが時おり不満そうに揺れ動く度僕たちは隣のベンチに移動し、
今回に至るまでの経緯を僕は包み隠さず話し続けた。
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