7-4(26)
相当疲れていたのか目覚めると既にお昼を過ぎていた。
僕は眠気眼で冷蔵庫からアイスコーヒーのパックを取り出しコップに
注ぎ込むとそれを一気に飲み干した。
よく眠れたせいか頭は意外にもスッキリとし、そのまま台所で軽い昼食を
済ませ再びリビングに戻った。
完全オフの今日、僕には執筆という少々荷が重い作業が当然のごとくのし
かかるが、以前のように都合よく物語が舞い降りて来るワケもなく、まるで
意図的にそこだけ切り抜かれたように白く何も書かれていないパソコン画面
を僕はただひたすら眺め続けていた。
昨夜ナオミの後をこっそり付けたのも彼女の住む世界から何か物語のヒント
ようなモノを得ようと勝手に期待していたが、結果残念ながら不発に終わって
しまった。
パソコン画面を前にただただ時間だけが僕に同情することなく過ぎてゆく。
ふと時間を確認すると時計の針がちょうど午後2時を指していた。
僕は黙ってパソコン画面を閉じ机からA4ノートを取り出しそれをバッグ
に詰め込むと髭も剃らず再びあの公園を目指していた。
雲一つない快晴の空は周りの景色をより一層明るく照らし、薄暗い昨夜に
比べ公園がより近くに感じられた。
園内では2、3才ぐらいの女の子と母親とみられる若い女性が僕に気づく
ことなくほのぼのした空気を漂わせ楽しんでいた。
女の子は背の低い幼児用の滑り台をよじ登り、上から一気に滑り降りると
ベンチに座る母親に向かって少々得意げに何度も手を振った。
俯く母親はスマホから顔を上げ笑顔で手を叩き再びスマホに目を移すと
いう一連の動作を何度も繰り返していた。
僕はそんな光景をしばらく眺めた後ベンチに座ることなく砂場のある右奥
の茂みへと向かった。
そのまま枯れた落ち葉を踏みしめ先に進むとやはり緑色のフェンスが行く
手を阻み、僕は腕を伸ばし左手で金網を鷲掴みするとそれを何度も前後に
揺さぶってみた。
〈ギシッ!〉〈ギシッ!〉〈ギシッ!〉……
フェンスに沿って目線を上げるとそれは意外にも高く、日光をに直接両目
に浴びた僕は思わず顔を背けた。
その後も僕はまるで確認するようにフェンスを時おり揺らしながら歩み
進めると茂みの隙間から太陽光が無数に地面に向かって突き刺さるような
場所を発見した。
”発見”という表現は少々大袈裟かもしれないが、光の矢が濃いめの赤から
から黄色そして緑色から水色を経由し最後は濃いめの青色とそれはまるで
パイプオルガンのように規則正しく扇状に光り輝いていたからだ。
そのあまりの美しさに思わす吸い寄せられ、ついその中にそっと手を差し
込んだその瞬間僕は思わず我が目を疑った。
なんと手の先が薄っすら青くコーティングされ、しかも全体がまるで
ローラーで押し潰されたようなペラペラ状に変化するのを目の当たりに
したからだ。
『うわっ!!』
僕は思わずのけぞるような姿勢でその場を離れ、差し込んだ手のひらを
何度も確認した。
「ふぅ~ も、元どうりだ」「焦った―っ!」
あっけにとられた僕は再び美しい光が連鎖するなんとも不思議な光景に目
を向けるとそれはまるで何事もなかったかのように微かに波打ち揺れていた。
僕はしばらくの間その場に立ち尽くしてると先ほどまで遊具で遊んでいた
子供の笑い声が園内に響き渡った。
振り返ると母親が子供を抱きかかえ、もう片方の手で大きな布製カバンの
中を整理するとそのままお互い顔を寄せ合い立ち去ってしまった。
そんな光景を見届けた僕はもう一度不思議な光に近づき今度はもう少し
深く右手を差し込んでみた。
やはり先ほど同様手が平面状に変形するも特に痛みなどはなく、光の屈折
が関係しているのかと少し斜めから眺めるも手の形状に変化はなかった。
その後も何度か抜き差しを繰り返し、少し恐怖心が薄れたところで僕は
一気に肩辺りまで突っ込んでみた。
すると腕全体は変形しているが手の平はいきなり空気を注入された風船の
ように元の状態に膨れ上がり、指先からその先にある空間の存在を感じ
取った僕は思い切って身体ごと突っ込んでみた。
腕から肩そして胴体が一連の変形作業を経て抜け出したその先には公園と
同じような草木が覆い茂り、降り注ぐ眩しい太陽光が僕の視界を一瞬遮った。
目を擦りながら振り返るとそこには僕が生活していた世界と異世界とを
繋ぐ目印のような存在として美しい光のグラデーションが燦然と輝いていた。
僕は辺りを気にしながら慎重に草木をかき分けとりあえず前に進むとそこ
は僕の想像を遥かに超える世界が広がっていた。
前方にそびえ立つ近代的なビル群に圧倒されるもよく見るとその間には
歴史的建造物や異国情緒溢れる建物だけでなくアニメに出てくるような
カラフルな建物などが混在するどうにも表現しようない風景に僕は言葉を
失ってしまった。
「何だココは?」一体どんな世界なんだ? まぁ異世界なんだろうけど。
普段何気なく目にしている風景はそれなりに統一され、とりたて気にも
留めなかったが、個性的すぎる建物のあまりの乱雑さに強烈な違和感を覚え
少々ふらつき気味の僕は近くのベンチに座り数回深呼吸を繰り返した。
風はなく気候的にも今の東京と変わらないはずが街を行きかう人々の服装
に季節感らしきものがなく建物同様統一感というものを全く感じない。
僕は試しに厚手の上着を脱いでみた。
すると本来この季節だと上着なしではかなり肌寒く感じるはずが特に
震えるわけでもなくむしろ春のような心地よさに僕は驚き再度行き交う
人に目を向けた。
なるほどこれなら薄手のランニングシャツ姿でも問題ナイかも。
考えてみれば別世界なんだから東京と全く同じ気候なワケないよな。
少し気分が和らいだ僕は上着を小脇に抱え、マラソン大会でいう折り返し
地点のような道路を足早に横切りそびえ立つ高層ビルとビルの合間を探索
することにした。
幅5メートルほどの特に舗装されていないその隙間には海外旅行の
パンフレットで見たような特徴のある木造の建造物らしきものが不規則に
並べられ、僕は更にその狭い隙間を縫うように奥へと進んだ。
それはまるで遊園地の迷路のように曲がりくねり次第に不安感を抱き始めた
僕に更なる追い打ちをかけるような現象が次々と発生した。
あれ? なんか微妙に建物の壁が動いてる気がするんだけど。
それにしても一定のリズムで吹き付けるこの湿った微風が場所にもよる
けど臭かったり爽やかだったり…… 食べ物屋さんがあるわけでもないのに
不思議だよな~
「うっ、くっさ――っ!」
僕はたまらず足早にその場を通り過ぎ、ふと後ろを振り返ると木造の建物
の壁とビルの壁同士がピッタリくっ付き合い、今通って来たばかりの隙間が
すっかり消えてなくなっている現状に我が目を疑った。
「えっ、ウソ! な、何で、戻る隙間がなくなってるの?」
恐怖心が一気に頂点に達した僕は目の前の隙間という隙間をとにかく
必死に駆け抜けた。
(た、大変だ――っ!)
〈はぁ〉〈はぁ〉
(これはかなりヤバい!)
〈はぁ〉〈はぁ〉〈はぁ〉
(も、もしかしたら永久に出れないかも!)
とにかく一刻も早くココから抜け出そうともがくように僕は必死に隙間と
いう隙間を駆け抜けた。
すると先に見えるベンチに立派なひげを蓄え杖を両手で抱え腰掛ける老人
の姿が見え始めた。
(良かった~! こ、これで助かったかも!)
僕は老人めがけ大声で助けを求めた。
「す、すみませ―ん! この街初めてで迷子になっちゃったんですけど~」
と僕はすがるように老人に近づいた。
老人は両目を閉じ俯いたまま微動だにせず、まるでろう人形のように精気
すら感じられない様子にかなりの違和感を覚えた僕はもう一度声掛けてみた。
「おじいちゃん、大丈夫ですか? おじいちゃん!」
僕は少しためらいながらも自身の右手を老人の口周辺にかざしてみた。
(あれ? これってもしや…… し、死んでるの? た、大変だ―っ!
誰かに知らせなきゃ!)
必死の形相で迷路のような僅かな隙間をすり抜けるといたる所に俯けに
重なるように倒れた若い男女や、助けを求めるような姿勢で固まる性別の
分からない人の姿を目にした僕はいよいよ精神的に追い詰められてしまった。
「うわぁ~っ!」
〈はぁ〉〈はぁ〉……
(ぼ、僕もココから出られずあんな風になるんだ!)
〈はぁ〉〈はぁ〉〈はぁ〉……
(来るんじゃなかった―っ!)
自身の叫びが歪む空間に吸い込まれ、恐怖と不安が渦巻きまさにパニック
状態の中、突然全身に強い衝撃を受けた僕は思わず半回転するとそのまま
砂煙を上げその場に倒れ込んでしまった。
〈ドサッ!!〉
「イッテ―ッ!」
舞い上がる土埃が一旦落ち着くとそこにはスラリとした長身の若い女性が
埃まみれの状態で横たわっていた。
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