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 見慣れない分譲住宅が建ち並ぶ中にポツリ抜け落ちたような空き地から

大通り目指し歩みを進める僕は無事に戻れた安心感と少々の不安を抱えていた。

 それはこの場所が僕の地元からどれほど離れているのかという金銭的な問題

だがどうもそれは取り越し苦労だったようだ。

 大通りに並行して真っ直ぐ伸びる線路沿いには大きなターミナルが見え、

その中心の植込みから伸びる駅名の看板に僕はとりあえず安堵した。

 

 地元の最寄り駅からたった2駅離れただけか。


 僕はどこにも立ち寄ることなく駅に向かう人の流れに沿いそのまま在来線に

乗り込んだ。

 学生や仕事帰りのサラリーマンで少々込み合う中、いつもならすぐさま

ポケットから取り出すはずのスマホをそのままに僕はしばらくの間車内を

見渡しこれがミサキさんの世界だったらと勝手な想像を楽しんでいた。

 

(この中で一番テンションが低いのは多分このつり革達だろうな。だって

僕以外のほとんどの乗客に使われず役に立ててないんだもんな。まぁ、最近の

ばい菌に対する過剰な反応からしてしょうがないっか)と僕は慰めるように

掴んでいない方の手でつり革のワッカ部分を軽くはじいた。

(もし僕が長椅子だったらやっぱり美人で軽めの女性がイイよな~ まぁ、

お年寄りでもいいけど絶対イヤなのは酔っ払いの中年オヤジだな、これ絶対。

だって重いし吐かれでもしたら最悪だもんな。これがもしミサキさんの世界

だったらこの長椅子たちココにいる乗客の奪い合いで大混乱だろうな。

あとこの車内の幸せ度ランキング一位は間違いなくスマホだな。だって若者に

にとってスマホはもはや身体の一部で命の次に大切だって言う子もいるんだから

まさにスマホ冥利に尽きるよね。もし僕がスマホだったら出来るだけ早く

検索結果を表示しようと必死に探しまくるし、もう体力の限界でヘトヘトでも

画面を出来るだけ明るく、つまり作り笑顔で充電サインを偽装しながら

頑張っちゃうかもね。ははっ!)


 他人に聞かれでもしたら通報レベルの妄想もそこそこに電車が地元最寄り駅

に到着すると僕はそそくさと改札に向かいポケットから財布を取り出した。

 少々込み合う改札を抜け中身を確認すると2枚の千円札の後ろに5千円札、

そして更にもう一枚の5千円札が『今日これで一杯飲んで帰れば!』とまるで

僕を誘惑するかのように財布から顔を覗かせた。

 僕は迷わず小説界のリジェンド一葉ねえさんのご提案に従い居酒屋目指し

商店街を探索すると店内のカウンター奥に地酒の瓶がずらりと並ぶ一軒の

焼き鳥屋に出くわした。

 タレが焦げる甘い匂いに惹かれこの店のカウンターで焼き鳥をつまみながら

地酒を堪能することに決めた僕は入店するとすぐさま生中を注文し目の前に

並ぶ一升瓶を眺めながらドリンクメニューにある値段表を確認した。

 その後カウンターに運ばれた生ビールを飲みながら串焼きセットと新潟の

地酒を店員さんに頼むとそれを聞いたもう一人の店員さんが一升瓶と升の中に

小ぶりのグラスを入れた地酒セットを持ちながらこちらに向かって来るのが

見えた。 

 店員さんが笑顔で大きな一升瓶を傾けお酒をグラスに注ぐ間僕はいつもの

ようにグラスから視線を逸らした。 

 なぜならあまりにグラスを直視すると『もっとなみなみ注いでよ~』と

店員さんに対し変なプレッシャーとなるのも申し訳ないし、何より僕自身が

卑しい人間だと思われたくないというのがその理由だ。

 だが本音はそんな自尊心とは裏腹に誰よりも酒量を気にするあたりがある

意味僕らしくちょっと情けなくもある。

 そんな僕は店員さんの栓を閉める音と同時にゆっくり視線をグラスに向けた。

 するとグラスから零れ落ちたお酒が更に升の淵からも零れるぐらいなみなみ

注がれているなんともラッキーな結果に僕は思わず目を丸くした。 


(おおっ、この店サービス良いな~ でももしかすると店員さんによって違う

かもね。これって統一して欲しいんだよね。だって違う店員さんにお代わり

頼んで量が少なかったら妙に損した気分になるんだよね)


 相変わらずセコイ僕はブツブツ言いながらグラスをそのままに口から迎える

ようにお酒を数回すすると今度はゆっくりグラスを持ち上げ半分ほど飲み干した。

 

(うわっ、これは美味い酒だな~ さすが米どころ新潟だね!)


 僕は再びメニューに目を通し、素面のうちに一葉ねえさんの5千円で

どれだけ飲み食いできるかを計算、そして頭の中で自身のオリジナルコース

メニューを完成させるとその後は躊躇なく上機嫌で焼き物と地酒を堪能した。

 だがそんな至福の時間がちょうど折り返した辺りでやはりと言うべきか

執筆の件、すなわちナオミのことが気になり少々後ろめたさを感じ始めた。

 いや正しくは無理やり押し込めていたものがお酒の力で緩み溢れて出て

しまったようだ。

 もちろんナオミは少々ガサツだが彼女といると確かに楽しいし、彼女が僕の

根底にある孤独感を癒してくれているのはまず間違いないがどうにも執筆を

ためらってしまう。

 物語の構想に迷いがあると言えば確かにそうだがやはり僕自身の深層心理に

近づくと行き着く場所はいつも同じだ。 

 それは”恐れ”その一言に尽きる。

 本当にナオミが僕のことを愛してくれているのか、どれほど僕のこと愛して

くれているのかが分からず彼女との関係においてあと一歩が踏み出せないのだ。

 つまり僕は傷つく事を過剰に恐れる臆病者だということだ。

 加えて僕は自分に自信が持てない、つまり自己評価がとてつもなく低い人間。

 ナオミは自身が創り上げた虚像だというのにこんな僕と話していても楽しい

はずがないなどつい疑ってしまう僕はある意味かなり重症なのかもしれない。

 

「これ、お下げしますね」

「あっ、どうぞ。コレも下げて下さい。それとこの宮城のお酒もらえますか?」

グラスはこのままでいいですから」

「お気遣いありがとうございます」と少しはにかんだような笑顔を見せ小皿を

片づける店員さんを見ていると自虐的自己分析する自身が妙に馬鹿らしく思え、

ねぎまをもう2本追加注文した僕は気分を切り替え彼女が戻るまでの間小声で

グラスに話しかけることにした。


「ねぇねぇキミは朝起きた時人間みたいに伸びする事ないの? こう両腕を

〈グィ!〉って感じで」と僕は両腕小さくを伸ばす仕草を見せた。

「出来ればさ~ 彼女が一升瓶を傾けた瞬間伸びしてくんない? あっ、升さん

はね、そうね~ 大きく口を開けてあくびでもしてくれたら嬉しいんだけど」


 こんな調子でお会計が5千円に近づく辺りですっかり出来上がってしまった

僕は隣の会話を肴にグラスに半分ほど残ったお酒をすすりながら普段にはない

ちょっぴり贅沢な夜のひとときを楽しんだ。 

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